新序 / 義勇第八
衛懿公有臣曰𢎞演,逺使未還。狄人攻衛,其民曰:「君之所與禄位者,鶴也;所富者,宫人也。君使宫人與鶴戰,余焉能戰?」遂潰而去。狄人追及懿公於滎澤,殺之,盡食其肉,獨舎其肝。𢎞演至,報使於肝畢,呼天而號,盡哀而止。曰:「臣請為表。」因自刺其腹,内懿公之肝而死。齊桓公聞之曰:「衛之亡也以無道,今有臣若此,不可不存。」於是救衛於楚丘。
新字:衛懿公有臣曰弘演,遠使未還。狄人攻衛,其民曰:「君之所与禄位者,鶴也;所富者,宮人也。君使宮人与鶴戦,余焉能戦?」遂潰而去。狄人追及懿公於滎沢,殺之,尽食其肉,独舎其肝。弘演至,報使於肝畢,呼天而号,尽哀而止。曰:「臣請為表。」因自刺其腹,内懿公之肝而死。斉桓公聞之曰:「衛之亡也以無道,今有臣若此,不可不存。」於是救衛於楚丘。
書き下し
衞の懿公に臣有り弘演と曰う。遠く使いして未だ還らず。狄人衞を攻む。其の民曰く、君の祿位を與うる所の者は、鶴なり。富ます所の者は、宮人なり。君宮人と鶴とをして戰わしめよ。余焉くんぞ能く戰わん、と。遂に潰えて去る。狄人懿公に滎澤に追い及び、之を殺し、盡く其の肉を食らい、獨り其の肝を舍く。弘演至り、使いを肝に報じ畢わり、天を呼びて號び、哀しみを盡くして止む。曰く、臣請う表と爲らん、と。因りて自ら其の腹を刺し、懿公の肝を内れて死す。齊の桓公之を聞きて曰く、衞の亡ぶるや無道を以てす。今臣の此くの若き有り。存せざる可からず、と。是に於いて衞を楚丘に救う。
現代語訳
衛の懿公に弘演という臣がいた。遠くへ使いに出てまだ帰っていなかった。狄の人が衛を攻めた。その民は言った。「君が禄と位を与えたのは、鶴だ。富ませたのは、宮中の女たちだ。君は宮中の女と鶴に戦わせればよい。我らがどうして戦えようか」。そのまま総崩れになって去った。狄の人は懿公に滎沢で追いつき、これを殺し、その肉をすべて食い、肝だけを残した。弘演が着き、使いの復命をその肝に対して終え、天に向かって叫び、悲しみを尽くして止んだ。「臣がどうか、お体の外側になりましょう」。そこで自ら腹を刺し、懿公の肝を中に入れて死んだ。斉の桓公はこれを聞いて言った。「衛が滅びたのは無道によってである。いまこのような臣がいる。存続させないわけにはいかない」。そこで衛を楚丘に救った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『晏子春秋』諫下・景公欲厚葬梁丘據晏子諫梁丘据死し、景公晏子を召して之に告げて曰く、「据は忠にして且つ我を愛す、我其の葬を豊厚にし、其の壟を高大にせんと欲す」と。晏子曰く、「敢えて問う、据の君に忠と愛なる者、聞くを得可きか」と。公曰く、「吾玩好に喜ぶ有り、有司未だ我に共する能わざれば、則ち据其の有する所を以て我に共す、吾是を以て其の忠を知るなり。風雨有る毎に、暮夜之を求むれば必ず存す、吾是を以て其の愛を知るなり」と。晏子曰く、「嬰対うれば則ち罪と為り、対えざれば則ち以て君に事うる無し、敢えて対えざらんや。嬰之を聞く、臣其の君を専らにするを、之を不忠と謂い、子其の父を専らにするを、之を不孝と謂い、妻其の夫を専らにするを、之を嫉妒と謂う。君に事うるの道は、君を導きて父兄に親しましめ、群臣に礼有らしめ、百姓に恵み有らしめ、諸侯に信有らしむる、之を忠と謂う。子たるの道は、父を導きて其の兄弟を鍾愛せしめ、諸父に施行し、衆子に慈恵し、朋友に誠信なる、之を孝と謂う。妻たるの道は、其の衆妾をして皆な其の夫に歓忻するを得しむる、之を不嫉と謂う。今四封の民は、皆君の臣なり、而るに維れ据のみ力を尽くして以て君を愛す、何ぞ愛する者の少なきや。四封の貨は、皆君の有なり、而るに維れ据のみ其の私財を以て君に忠なり、何ぞ忠なる者の寡なきや。据の群臣を防塞し、君を壅蔽すること、乃ち甚だしからずや」と。公曰く、「善いかな、子微かりせば、寡人据の是に至るを知らざりき」と。遂に壟を為るの役を罷め、厚葬の令を廃し、有司をして法に据りて責めしむ。群臣過ちを陳べて諫め、故に官に廃法無く、臣に隠忠無く、而して百姓大いに説ぶ。
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『不動智神妙録』諫言 其一 忠を尽くす忠を尽くすといふは、先づ我心を正くし身を治め、毛頭君に二心なく、人を恨み咎めず、日々に出仕怠らず、一家に於ては父母に能く孝を尽し、夫婦の間少しも猥になく、礼義正しく妾婦を愛せず、色の道を絶ち、父母の間おごそかに道を以てし、下を使ふに私のへだてなく、善人を用ゐ近付け、我足らざる所を諫め、御国の政を正敷し、不善人を遠ざくる様にするときは、善人は日々に進み、不善人もおのづから主人の善を好む所に化せられ、悪を去り善に遷るなり、
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『童子問』卷中忠を問ふ。曰く、古今忠臣と称する者、其の品一ならず。感激して身を殺す者、有り。程嬰・杵臼・荊軻・豫譲・紀信の流の若き、是れなり。其の君有るを知りて、其の身有るを知らざる者、有り。令尹子文の如き、是れなり。艱険を避けずして、以て其の君を済ふ者、有り。狄仁傑・婁師徳の如き、是れなり。至誠君を愛し、善を以て之に勧め、道を以て之を輔くる者、有り。伊尹・周公の聖に非ざれば、以て之に当たるに足らず。奚ぞ感激して身を殺す者の多くして、道を以て君に事ふる者の寡なきや。蓋し感激して身を殺すは、一旦の義に出づ。故に難きに似て、実は易し。道を以て君に事ふる者は、躬ら其の徳有りて、始終其の道を失はざる者に非ざれば、能はず。故に易きに似て、実は難し。
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言志四録・言志耋録 第百八十七条 忠は己に責め恕は人に施す忠の字は、宜しく己に責むべし。諸を人に責むること勿れ。恕の字は、宜しく人に施すべし。諸を己に施すこと勿れ。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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