新序 / 義勇第八
白公勝既殺令尹司馬,欲立王子閭以為王。王子閭不肯,劫之以刄王子閭曰:「王孫輔相楚國,匡正王室,而后自庇焉,閭之願也。今子假威以暴王室,殺伐以亂國家,吾雖死,不子從也。」白公勝曰:「楚國之重,天下無有。天以與子,子何不受?」也王子閭曰:「吾聞辭天下者,非輕其利也,以明其徳也;不為諸侯者,非惡其位也,以潔其行也今吾見國而忘主,不仁也;劫白刄而失義,不勇也。子雖告我以利,威我以兵,吾不為也。」白公强之,不可,遂殺之。葉公髙率衆誅白公,而反惠王於國。
新字:白公勝既殺令尹司馬,欲立王子閭以為王。王子閭不肯,劫之以刄王子閭曰:「王孫輔相楚国,匡正王室,而后自庇焉,閭之願也。今子仮威以暴王室,殺伐以乱国家,吾雖死,不子従也。」白公勝曰:「楚国之重,天下無有。天以与子,子何不受?」也王子閭曰:「吾聞辞天下者,非軽其利也,以明其徳也;不為諸侯者,非悪其位也,以潔其行也今吾見国而忘主,不仁也;劫白刄而失義,不勇也。子雖告我以利,威我以兵,吾不為也。」白公强之,不可,遂殺之。葉公高率衆誅白公,而反恵王於国。
書き下し
白公勝既に令尹・司馬を殺し、王子閭を立てて以て王と爲さんと欲す。王子閭肯ぜず。之を劫かすに刃を以てす。王子閭曰く、王孫楚國を輔相し、王室を匡正して、后に自ら庇わん。閭の願いなり。今子威を假りて以て王室を暴し、殺伐して以て國家を亂す。吾死すと雖も、子に從わざるなり、と。白公勝曰く、楚國の重き、天下に有る無し。天以て子に與う。子何ぞ受けざる、と。王子閭曰く、吾聞く、天下を辭する者は、其の利を輕んずるに非ざるなり。以て其の德を明らかにするなり。諸侯と爲らざる者は、其の位を惡むに非ざるなり。以て其の行を潔くするなり、と。今吾國を見て主を忘るるは、不仁なり。白刃に劫かされて義を失うは、不勇なり。子我に吿ぐるに利を以てし、我を威すに兵を以てすと雖も、吾爲さざるなり、と。白公之を强う。可ならず。遂に之を殺す。葉公高衆を率いて白公を誅し、惠王を國に反す。
現代語訳
白公勝はすでに令尹と司馬を殺し、王子閭を立てて王にしようとした。王子閭は承知しなかった。刃で脅した。王子閭は言った。「王孫が楚の国を補佐し、王室を正して、そのうえで自らを守る。それが閭の願いだ。いまあなたは威を借りて王室を荒らし、殺し合って国家を乱している。私は死んでも、あなたには従わない」。白公勝は言った。「楚の国の重さは、天下に並ぶものがない。天がそれをあなたに与えるのだ。あなたはどうして受けないのか」。王子閭は言った。「私はこう聞いている、天下を辞する者は、その利を軽んじているのではない。それによってその徳を明らかにするのだ。諸侯にならない者は、その位を嫌っているのではない。それによってその行いを清くするのだ、と。いま私が国に目がくらんで主君を忘れるのは、仁ではない。白刃に脅されて義を失うのは、勇ではない。あなたが利をもって私に告げ、兵をもって私を脅しても、私はしない」。白公はこれを強いた。承知しなかった。そのまま殺した。葉公高が兵を率いて白公を誅し、恵王を国に帰した。
解説
この章句が説くこと
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『新序』義勇第八白公勝將に楚の惠王を弑せんとす。王出亡す。令尹・司馬皆な死す。劍を拔きて之を屈廬に屬して曰く、子我に與せば、將に子を舍かんとす。子我に與せずんば、必ず子を殺さん、と。廬曰く、子叔父を殺して福を廬に求む。可ならんや。吾聞く、命を知るの士は、利を見て動かず、死に臨みて恐れず、と。人臣爲る者は、時に生くべくんば則ち生き、時に死すべくんば則ち死す。是を人臣の禮と謂う。故に上は天命を知り、下は臣道を知る。其れ劫かす可き有らんや。子胡ぞ之を推さざる、と。白公勝乃ち其の劍を内む。
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『新序』義勇第八楚の太子建費無極の譖を以て逐わる。建に子有り勝と曰う。外に在り。子西勝を召し、白を治めしむ。號して白公と曰う。勝楚の其の父を逐いしを怨む。將に惠王及び子西を弑せんとす。易甲を得んと欲す。士を陳ね兵を勒し、以て易甲に示して曰く、我に與せば、富貴ならざるを患うる無し。吾に與せずんば、則ち此れ是れなり、と。易甲笑いて曰く、嘗て吾が義を言えり。吾子之を忘れたるか。立ちどころに天下を得るも、不義ならば、吾取らざるなり。吾を威すに兵を以てするも、不義ならば、吾從わざるなり。今子將に子の君を弑せんとして、我をして子に從わしむ。吾が前の義に非ざるなり。子我に吿ぐるに利を以てし、我を威すに兵を以てすと雖も、吾爲すに忍びざるなり。子子の威を行わば、則ち吾も亦た吾が義を明らかにするを得ん。子を逆うるに兵を以てするは爭いなり。子に應ずるに聲を以てするは鄙なり。吾聞く、士は義を立つるに爭わず、死に行くに鄙ならず、と。拱して兵を待ち、顏色變ぜざるなり、と。
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『新序』義勇第八白公の難、楚人に莊善なる者有り。其の母に辭して將に往きて之に死せんとす。其の母曰く、其の親を棄てて其の君に死するは、義と謂う可きか、と。莊善曰く、吾聞く、君に事うる者は、其の祿を内にして其の身を外にす、と。今母を養う所以の者は、君の祿なり。身安くんぞ死する無きを得んや、と。遂に辭して行く。公門に至るに比び、三たび車中に廢る。其の僕曰く、子懼れたり、と。曰く、懼る、と。既に懼る、何ぞ返らざる、と。莊善曰く、懼るるは、吾が私なり。義に死するは、吾が公なり。聞く、君子は私を以て公を害せず、と。公門に及び、頸を刎ねて死す。君子曰く、義を好むかな、と。
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史記 伍子胥列伝伍子胥初め与に倶に亡げし所の故の楚の太子建の子の勝は、呉に在り。呉王夫差の時、楚の恵王勝を召して楚に帰さんと欲す。葉公諫めて曰く、「勝は勇を好みて陰かに死士を求む、殆ど私有らんか」と。恵王聴かず。遂に勝を召し、楚の辺邑鄢に居らしめ、号して白公と為す。白公楚に帰りて三年にして呉子胥を誅す。白公勝既に楚に帰り、鄭の其の父を殺せしを怨み、乃ち陰かに死士を養ひて鄭に報いんことを求む。楚に帰りて五年、鄭を伐たんことを請ふ。楚の令尹子西之を許す。兵未だ発せざるに晋鄭を伐ち、鄭救ひを楚に請ふ。楚子西をして往きて救はしめ、盟を与へて還る。白公勝怒りて曰く、「鄭の仇に非ず、乃ち子西なり」と。勝自ら剣を礪ぐ。人問ひて曰く、「何を以て為す」と。勝曰く、「以て子西を殺さんと欲す」と。子西之を聞き、笑ひて曰く、「勝は卵のごときのみ、何ぞ能く為さん」と。
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『新序』節士第七僚なる者は、長子の庶兄なり。自立して吳王と爲る。季子使いして還る。至れば則ち君として之に事う。遏の子を王子光と曰う。號して闔閭と曰う。悦ばずして曰く、先君の爲す所、子に與えずして弟に與うるは、凡そ季子の爲なり。將に先君の命に從わんとせば、則ち國は之を季子に宜しとす。如し先君の命に從わずして子に與うれば、我宜しく當に立つべき者なり。僚惡くんぞ君爲るを得んや、と。是に於いて專諸をして僚を刺さしめ、國を季子に致す。季子曰く、爾我が君を殺す。吾爾の國を受くれば、是れ吾爾と亂を爲すなり。爾我が兄を殺す。吾又た爾を殺さば、是れ父子兄弟相い殺し、身を終うるまで已む無きなり、と。去りて延陵に之き、身を終うるまで吳國に入らず。故に號して延陵季子と曰う。君子其の國を受けざるを以て義と爲し、其の殺さざるを以て仁と爲す。是を以て春秋季子を賢として之を尊貴するなり。
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