新序 / 義勇第八
白公勝將弑楚惠王,王出亡,令尹司馬皆死,㧞劍而屬之於屈廬曰:「子與我,將舍子子不與我,必殺子。」廬曰:「子殺叔父而求福於廬也,可乎?吾聞知命之士,見利不動,臨死不恐。為人臣者,時生則生,時死則死,是謂人臣之禮。故上知天命,下知臣道,其有可劫乎?子胡不推之?」白公勝乃内其劒
新字:白公勝将弑楚恵王,王出亡,令尹司馬皆死,抜剣而属之於屈廬曰:「子与我,将舎子子不与我,必殺子。」廬曰:「子殺叔父而求福於廬也,可乎?吾聞知命之士,見利不動,臨死不恐。為人臣者,時生則生,時死則死,是謂人臣之礼。故上知天命,下知臣道,其有可劫乎?子胡不推之?」白公勝乃内其劒
書き下し
白公勝將に楚の惠王を弑せんとす。王出亡す。令尹・司馬皆な死す。劍を拔きて之を屈廬に屬して曰く、子我に與せば、將に子を舍かんとす。子我に與せずんば、必ず子を殺さん、と。廬曰く、子叔父を殺して福を廬に求む。可ならんや。吾聞く、命を知るの士は、利を見て動かず、死に臨みて恐れず、と。人臣爲る者は、時に生くべくんば則ち生き、時に死すべくんば則ち死す。是を人臣の禮と謂う。故に上は天命を知り、下は臣道を知る。其れ劫かす可き有らんや。子胡ぞ之を推さざる、と。白公勝乃ち其の劍を内む。
現代語訳
白公勝が楚の恵王を弑そうとしていた。王は逃げ出した。令尹と司馬はみな死んだ。剣を抜いてこれを屈廬に突きつけて言った。「あなたが私に味方すれば、あなたを見逃そう。あなたが私に味方しなければ、必ずあなたを殺す」。廬は言った。「あなたは叔父を殺しておいて、私に幸福を求めるのか。それでよいのか。私はこう聞いている、命を知る士は、利を見ても動かず、死に臨んでも恐れない、と。人の臣たる者は、時に生きるべきなら生き、時に死ぬべきなら死ぬ。これを人臣の礼という。だから上は天命を知り、下は臣の道を知る。それを脅せるものか。あなたはどうして突かないのか」。白公勝はそこで剣を収めた。
解説
剣を突きつけられていて、最後に自分から促しています。あなたはどうして突かないのか。脅しが効かない理由が、その前に述べられていました。生きるか死ぬかを自分の都合で選んでいないからです。時に生きるべきなら生き、時に死ぬべきなら死ぬ。選択権を持っていない者は、選択を迫られても動きません。それを脅せるものか。剣は収められました。
この章句が説くこと
白公勝将に楚の恵王を弑せんとす剣を抜きて之を屈廬に属す子叔父を殺して福を廬に求む可ならんや命を知るの士は利を見て動かず死に臨みて恐れず時に生くべくんば則ち生き時に死すべくんば則ち死す是を人臣の礼と謂う脅迫天命
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