論語 / 季氏篇
孔子曰:「君子有三畏:畏天命,畏大人,畏聖人之言。小人不知天命而不畏也,狎大人,侮聖人之言。」
書き下し
孔子曰く、君子に三畏有り。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れざるなり。大人に狎れ、聖人の言を侮る。
現代語訳
孔子がおっしゃった。「君子には三つの畏れるものがある。天命を畏れ、徳の高い人を畏れ、聖人の言葉を畏れる。小人(つまらない人間)は天命を知らないので畏れない。徳の高い人になれなれしくし、聖人の言葉をばかにする。」
解説
畏れるという感情を、徳の条件として挙げている。畏れは臆病とは違う。自分を超えたものがあると認める姿勢である。天命、優れた人物、古典の言葉。いずれも自分の判断より上位に置かれる。逆に、これらを畏れない人は、自分の判断が最上位になる。小人の描写が具体的だ。徳の高い人に馴れ馴れしくし、古典を侮る。どちらも、相手を自分と同じ高さに引き下ろす動作である。実務の場でも、この違いは見える。優れた先人の仕事を軽く扱い、古い知恵を時代遅れと片付ける人がいる。新しさを重んじる姿勢に見えるが、実際には検証を省く口実になっている。畏れがあると、まず自分が理解できていない可能性を考える。畏れが無いと、理解できないものは価値が無いことになる。
この章句が説くこと
三畏天命謙虚検証小人
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貞観政要・謙譲貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「人は言う、天子と作らば則ち自ら尊崇するを得、畏懼する所無し、と。朕は則ち以為えらく、正に自ら謙恭を守り、常に畏懼を懐くに合う、と。昔、舜、禹を誡めて曰く、『汝惟れ矜(ほこ)らずんば、天下汝と能を争う莫し。汝惟れ伐(ほこ)らずんば、天下汝と功を争う莫し』と。又た『易』に曰く、『人道は盈つるを悪みて謙を好む』と。凡そ天子と為り、若し惟だ自ら尊崇して、謙恭を守らざる者は、身に倘(も)し不是の事有らば、誰か肯えて顔を犯して諫奏せんや。朕は一言を出し、一事を行わんと思う毎に、必ず上は皇天を畏れ、下は群臣を懼る。天は高くして卑きを聴く。何ぞ畏れざるを得んや。群公卿士は、皆な瞻仰せらる。何ぞ懼れざるを得んや。此を以て之を思うに、但だ常に謙し常に懼るるを知るも、猶お天心及び百姓の意に称わざるを恐るるなり」と。魏徴曰く、「古人云う、『初め有らざるは靡(な)きも、克く終わり有るは鮮(すく)なし』と。願わくは陛下、此の常に謙し常に懼るるの道を守り、日に一日を慎まば、則ち宗社永く固く、傾覆する無からん。唐・虞の太平なる所以は、実に此の法を用うればなり」と。
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