新序 / 節士第七
公孫杵臼,程嬰者,晉大夫趙朔客也。晉趙穿弑靈公,趙盾時為貴大夫,亡不出境,還不討賊,故春秋責之,以盾為弑君。屠岸賈者,幸於靈公,晉景公時,賈為司㓂欲討靈公之賊,盾已死,欲誅盾之子趙朔,徧告諸將曰:「盾雖不知,猶為首,賊賊臣弑君,子孫在朝,何以懲罪請誅之。」韓厥曰:「靈公過賊,趙盾在外,吾先君以為無罪,故不誅。今諸君將妄誅,妄誅謂之亂臣,有大事君不聞,是無君也。」屠岸賈不聴,韓厥告趙朔𧼈亡,趙朔不肯。曰:「子必不絶趙祀,予死不恨。」韓厥許諾,稱疾不出。賈不請而擅與諸將攻趙氏於下宫,殺趙朔,趙同,趙括,趙嬰齊,皆滅其族。趙朔妻成公姊,有遺腹,走公宫匿。公孫杵臼謂程嬰胡不死。」嬰曰:「朔之妻有遺腹,若幸而男,吾奉之,即女也,吾徐死耳。」無何而朔妻免生男。屠岸賈聞之,索於宫,朔妻置兒袴中,祝曰:「趙宗滅乎,若號;即不滅乎,若無聲。」及索,兒竟無聲。
新字:公孫杵臼,程嬰者,晉大夫趙朔客也。晉趙穿弑霊公,趙盾時為貴大夫,亡不出境,還不討賊,故春秋責之,以盾為弑君。屠岸賈者,幸於霊公,晉景公時,賈為司㓂欲討霊公之賊,盾已死,欲誅盾之子趙朔,遍告諸将曰:「盾雖不知,猶為首,賊賊臣弑君,子孫在朝,何以懲罪請誅之。」韓厥曰:「霊公過賊,趙盾在外,吾先君以為無罪,故不誅。今諸君将妄誅,妄誅謂之乱臣,有大事君不聞,是無君也。」屠岸賈不聴,韓厥告趙朔𧼈亡,趙朔不肯。曰:「子必不絶趙祀,予死不恨。」韓厥許諾,称疾不出。賈不請而擅与諸将攻趙氏於下宫,殺趙朔,趙同,趙括,趙嬰斉,皆滅其族。趙朔妻成公姊,有遺腹,走公宫匿。公孫杵臼謂程嬰胡不死。」嬰曰:「朔之妻有遺腹,若幸而男,吾奉之,即女也,吾徐死耳。」無何而朔妻免生男。屠岸賈聞之,索於宫,朔妻置児袴中,祝曰:「趙宗滅乎,若号;即不滅乎,若無声。」及索,児竟無声。
書き下し
公孫杵臼・程嬰なる者は、晉の大夫趙朔の客なり。晉の趙穿靈公を弑す。趙盾時に貴大夫と爲る。亡ぐるも境を出でず、還るも賊を討たず。故に春秋之を責め、盾を以て君を弑せりと爲す。屠岸賈なる者は、靈公に幸せらる。晉の景公の時、賈司寇と爲り靈公の賊を討たんと欲す。盾已に死す。盾の子趙朔を誅せんと欲す。徧く諸將に吿げて曰く、盾知らずと雖も、猶お首と爲す。賊臣君を弑し、子孫朝に在り。何を以て罪を懲らさん。請う之を誅せん、と。韓厥曰く、靈公賊に過つとき、趙盾外に在り。吾が先君以て罪無しと爲す。故に誅せず。今諸君將に妄りに誅せんとす。妄りに誅するは之を亂臣と謂う。大事有りて君聞かざるは、是れ君無きなり、と。屠岸賈聽かず。韓厥趙朔に吿げて亡げしむ。趙朔肯ぜず。曰く、子必ず趙の祀を絶たずんば、予死すとも恨みず、と。韓厥許諾し、疾と稱して出でず。賈請わずして擅ミ諸將と趙氏を下宮に攻む。趙朔・趙同・趙括・趙嬰齊を殺し、皆な其の族を滅ぼす。趙朔の妻は成公の姊なり。遺腹有り、公宮に走りて匿る。公孫杵臼程嬰に謂う、胡ぞ死せざる、と。嬰曰く、朔の妻に遺腹有り。若し幸いにして男ならば、吾之を奉ぜん。即し女ならば、吾徐ろに死せんのみ、と。何ぞ無くして朔の妻免れて男を生む。屠岸賈之を聞き、宮に索む。朔の妻兒を袴中に置き、祝して曰く、趙宗滅びんか、若ち號べ。即し滅びずんば、若ち聲無かれ、と。索むるに及び、兒竟に聲無し。
現代語訳
公孫杵臼と程嬰という者は、晋の大夫の趙朔の食客である。晋の趙穿が霊公を弑した。趙盾はそのとき重臣であった。逃げても国境を出ず、帰っても下手人を討たなかった。だから『春秋』はこれを責め、盾が君を弑したとした。屠岸賈という者は、霊公に寵愛されていた。晋の景公のとき、賈は司寇となって霊公の仇を討とうとした。盾はすでに死んでいた。盾の子の趙朔を誅そうとした。あまねく諸将に告げて言った。「盾は知らなかったとしても、やはり首謀である。賊臣が君を弑して、子孫が朝廷にいる。どうやって罪を懲らすのか。どうかこれを誅させてほしい」。韓厥は言った。「霊公が害されたとき、趙盾は国外にいた。わが先君は罪なしとされた。だから誅さなかった。いま諸君はみだりに誅そうとしている。みだりに誅するのを乱臣という。大事があって君が聞かされていないのは、君がいないのと同じだ」。屠岸賈は聞かなかった。韓厥は趙朔に告げて逃げさせようとした。趙朔は承知しなかった。「あなたが必ず趙の祭祀を絶やさずにいてくれるなら、私は死んでも恨まない」。韓厥は承知し、病と称して出仕しなかった。賈は許可を得ずに勝手に諸将とともに趙氏を下宮に攻めた。趙朔・趙同・趙括・趙嬰斉を殺し、みなその一族を滅ぼした。趙朔の妻は成公の姉である。腹に子がおり、公宮に走って隠れた。公孫杵臼は程嬰に「どうして死なないのか」と言った。嬰は言った。「朔の妻の腹に子がある。もし幸いに男なら、私はこれを奉じよう。もし女なら、私はゆっくり死ぬまでだ」。ほどなく朔の妻は無事に男子を生んだ。屠岸賈はこれを聞き、宮中を捜した。朔の妻は子を袴の中に入れ、祈って言った。「趙の一族が滅びるなら、お前は泣け。滅びないなら、お前は声を立てるな」。捜索が来たとき、子はとうとう声を立てなかった。
解説
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説苑・復恩晋の趙盾韓厥を挙げ、晋君以て中軍尉と為す、趙盾死し、子朔嗣ぎて卿と為る。景公の三年に至り、趙朔晋の将為り、朔成公の姉を取りて夫人と為す、大夫屠岸賈趙氏を誅せんと欲す、初め趙盾夢に叔帯の亀要を持ちて哭すること甚だ悲しきを見る、已にして笑ひて手を拊ちて且つ歌ふ、盾之を占ふに、垂に絶えて而る後に好しと、趙の史援之を占ひて曰く、此れ甚だ悪しきこと君の身に非ず、君の子に及ばん、然れども亦た君の咎なり、と。子趙朔に至り、世益々衰へ、屠岸賈なる者、始め霊公に寵有り、晋景公に至るに及び、賈司寇と為り、将に難を作さんとし、乃ち霊公の賊を治むるを以て、趙盾に遍く諸将に告げしめて曰く、「趙穿霊公を弑す、盾知らずと雖も猶ほ首賊為り、臣君を殺すに、子孫朝に在らば、何を以て罪を懲さん、請ふ之を誅せん」と。韓厥曰く、「霊公賊に遇ふとき、趙盾外に在り、吾が先君以て罪無しと為す、故に誅せず。今諸君其の後を誅せんとするは、是れ先君の意に非ずして妄りに誅するなり。妄りに誅するは之を乱臣と謂ふ、大事有りて君聞かざるは、是れ君無きなり」と。屠岸賈聴かず、厥趙朔に告げて趨り亡げしめんとするも、趙朔肯んぜずして曰く、「子必ず趙祀を絶たざれ、朔死すとも且つ恨みず」と。韓厥諾し、疾と称して出でず、賈請はずして擅に諸将と与に趙氏を下宮に攻め、趙朔・趙括を殺す。趙嬰斉、皆其の族を滅ぼす。朔の妻成公の姉遺腹有り、公宮に走りて匿る、後男を生み乳す、朔の客程嬰持ちて山中に亡匿す、居ること十五年、晋の景公疾む、之を卜すれば曰く、「大業の後の遂げざる者祟を為す」と。景公疾みて韓厥に問ふ、韓厥趙孤の在るを知り、乃ち曰く、「大業の後、晋に於て祀を絶つ者は、其れ趙氏か。夫れ中衍の衍より皆嬴姓なり、中衍人面鳥喙、殷帝太戊及び周天子を降り佐け、皆明徳有り、下りて幽厲無道に及び、而して叔帯周を去りて晋に適き、先君文侯に事へ、成公に至るまで、世々功を立つる有り、未だ嘗て祀を絶つ有らず、今吾が君に及びて独り之を滅ぼす、趙宗国人之を哀しむ、故に亀策に見はる、唯だ君之を図れ」と。景公問ひて曰く、「趙尚ほ後の子孫有るか」と。韓厥具に実を以て対ふ、是に於て景公乃ち韓厥と与に趙孤児を立てんことを謀り、召して之を宮中に匿す、諸将疾を問ふに入るに、景公韓厥の衆に因りて、以て諸将を脅して趙孤を見えしむ、孤名づけて武と曰ふ、諸将已むを得ずして乃ち曰く、「昔下官の難は屠岸賈之を為す、矯めて君令を以てし、群臣を并せ命ず、然らずんば孰か敢へて難を作さん、君の疾無くんば、群臣固に且に趙後を立てんことを請はんとせり、今君令有り、群臣の願ひなり」と。是に於て趙武・程嬰を召して遍く諸将軍を拝せしむ、将軍遂に返りて程嬰・趙武と与に屠岸賈を攻め、其の族を滅ぼし、復た趙武に田邑を与ふること故の如し。故に人安んぞ以て恩無かるべけんや、夫れ恩に此に有れば故に彼に復ゆ、程嬰に非ざれば則ち趙孤全からず、韓厥に非ざれば則ち趙後復せず。韓厥は恩を忘れずと謂ふべし。
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『新序』節士第七諸將以爲えらく趙氏の孤兒已に死せり、と。皆な喜ぶ。然れども趙氏の眞の孤兒は乃ち在り。程嬰卒に與に山中に匿る。居ること十五年。晉の景公病む。之を卜す。大業の胄なる者祟りを爲す、と。景公韓厥に問う。韓厥趙孤の存するを知る。乃ち曰く、大業の後、晉に在りて祀を絶つ者は、其れ趙氏か。夫れ中行衍より皆な嬴姓なり。中行衍は人面鳥噣にして降りて帝大戊及び周の天子を佐く。皆な明德有り。下りて幽厲の無道なるに及び、叔帶周を去りて晉に適き、先君繆侯に事う。成公に至るまで、世ミ功を立つる有り。未だ嘗て祀を絶たず。今吾が君に及び、獨り之を滅ぼす。趙宗は、國人之を哀しむ。故に龜筴に見わる。唯だ君之を圖れ、と。景公問う、趙に尚お後の子孫有りや、と。韓厥具に實を以て吿ぐ。景公乃ち韓厥と趙の孤兒を立てんことを謀り、召して之を宮中に匿す。諸將入りて病を問う。景公韓厥の衆に因りて以て諸將を脅し、而して趙の孤兒に見えしむ。孤兒名は武。諸將已むを得ずして乃ち曰く、昔下宮の難は、屠岸賈之を爲す。矯めて君命を以てし、羣臣に并せ命ず。然るに非ずんば、孰か敢えて難を作さん。君の病微かりせば、羣臣固より將に趙の後を立てんことを請わんとせり。今君の命有り。羣臣之を願う、と。是に於いて趙氏を立つ。程嬰徧く諸將を拜す。遂に俱に程嬰趙氏と屠岸賈を攻め、其の族を滅ぼす。復た趙氏に田邑を與うること故の如し。
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『新序』節士第七已に脱す。程嬰杵臼に謂いて曰く、今一たび索めて得ず。後必ず且つ之を復せん。奈何、と。杵臼曰く、孤を立つると死すると、孰れか難き、と。嬰曰く、孤を立つるは亦た難きのみ、と。杵臼曰く、趙氏の先君子を遇すること厚し。子强いて其の難き者を爲せ。吾其の易き者を爲さん。吾請う先ず死せん、と。而して二人謀りて他の嬰兒を取り、負うに文褓を以てして山中に匿す。嬰諸將に謂いて曰く、嬰不肖なり。孤を立つる能わず。誰か能く吾に千金を與えん。吾趙氏の孤の處を吿げん、と。諸將皆な喜び、之を許す。師を發して嬰に隨いて杵臼を攻む。杵臼曰く、小人なるかな程嬰。下宮の難に死する能わず、我と趙氏の孤兒を匿すを謀り、今又た之を賣る。縱い孤兒を立つる能わずとも、之を賣るに忍びんや、と。抱きて天に呼ばく、趙氏の孤兒何の罪かある。請う之を活かせ。獨り杵臼を殺せ、と。諸將許さず。遂に杵臼と兒とを并せ殺す。
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