呂氏春秋 / 過理②
晉靈公無道,從上彈人而觀其避丸也;使宰人臑熊𨆌不熟,殺之,令婦人載而過朝以示威,不適也。趙盾驟諫而不聽,公惡之,乃使沮麛。沮麛見之,不忍賊,曰:「不忘恭敬,民之主也。賊民之主不忠,棄君之命不信,一於此不若死。」乃觸廷槐而死。
新字:晋霊公無道,従上弾人而観其避丸也;使宰人臑熊𨆌不熟,殺之,令婦人載而過朝以示威,不適也。趙盾驟諫而不聴,公悪之,乃使沮麛。沮麛見之,不忍賊,曰:「不忘恭敬,民之主也。賊民之主不忠,棄君之命不信,一於此不若死。」乃触廷槐而死。
書き下し
晉の靈公は無道なり。上從り人に彈きて其の丸を避くるを觀、宰人をして熊蹯を臑しめて熟せず、之を殺して、婦人をして載せて朝を過ぎしめ、以て威を示すは、不適なり。趙盾驟々諫むれども聽かず、公之を惡み、乃ち沮麛を使う。沮麛、之を見、賊するに忍びず。曰く、「恭敬を忘れざるは、民の主なり。民の主を賊するは不忠なり。君の命を棄つるは不信なり、此に一あるは、死するに若かず。」乃ち廷の槐に觸して死す。
現代語訳
晋の霊公は無道であった。高台の上から人に弾丸を撃ちかけ、人がその弾を避けるのを見て楽しんだ。料理人に熊の掌を煮させたが煮え方が足りないと、これを殺し、女官に死体を車に載せて朝廷を過ぎさせ、それで威を示したのは、度を越したことだ。趙盾がしきりに諫めたが聞き入れず、公はこれを憎み、そこで沮麛を送って趙盾を殺させようとした。沮麛は趙盾を見て、暗殺するに忍びず、言った。「早朝から恭敬の礼を忘れないのは、民の主となるべき人だ。民の主を殺すのは不忠だ。君の命を捨てるのは不信だ。このどちらか一つでも背くくらいなら、死ぬほうがましだ。」そこで朝廷の槐すなわちえんじゅの木に頭をぶつけて死んだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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国語・晋語二虢を伐つの役、師虞(ぐ)より出ず。宮之奇(きゅうしき)諫めて聴かれず。出でて、其の子に謂いて曰く、「虞将に亡びんとす。唯だ忠信なる者のみ能く外寇を留めて害せられず。闇(あん)を除きて以て外に応ずる、之を忠と謂う。身を定めて以て事を行う、之を信と謂う。今君其の悪む所を人に施す、闇除かれず。賄(まいない)を以て親を滅ぼす、身定まらず。夫れ国は忠に非ざれば立たず、信に非ざれば固からず。既に忠信ならずして、外寇を留む。寇其の釁(ひま)を知りて帰りて焉を図らん。已に自ら其の本を抜けり、何を以て能く久しからん。吾去らずんば、及ばんことを懼る」と。其の孥(ど)を以て西山に適く。三月にして、虞乃ち亡ぶ。
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国語・周語下「此の一王四伯は、豈に繄(こ)れ多寵ならんや。皆亡王の後なり。唯能く嘉義を釐(おさ)め挙げ、以て胤(たね)の下に在る有りて、祀を守りて其の典を替えず。有夏衰うと雖も、杞・鄫(そう)猶お在り。申・呂衰うと雖も、斉・許猶お在り。唯嘉功有りて、以て姓を命ぜられ祀を受け、天下に迄(いた)る。其の之を失うに及ぶや、必ず慆淫(とういん)の心の之に間(まじ)わる有り。故に其の氏姓を亡い、踣斃(ほくへい)して振るわず、後を絶ちて主無く、湮替(いんたい)して隷圉(れいぎょ)となる。夫の亡ぶる者も豈に繄れ寵無からんや。皆黄・炎の後なり。唯天地の度に帥わず、四時の序に順わず、民神の義を度らず、生物の則に儀らず、以て殄滅(てんめつ)して胤無く、今に至るまで祀られず。其の之を得るに及ぶや、必ず忠信の心の之に間わる有り。天地に度りて時動に順い、民神に和して物則に儀る。故に高朗にして令終し、顕融昭明にして、姓を命ぜられ氏を受け、之に附するに令名を以てす。若し先王の遺訓を啓(ひら)き、其の典図刑法を省みて、其の廃興を観る者は、皆知るべきなり。其の興る者は、必ず夏・呂の功有り。其の廃るる者は、必ず共・鮌の敗有り。今吾が執政、乃ち実に避くる所有りて、夫の二川の神を滑(みだ)し、争明に至らしめ、以て王宮を妨ぐること無からんや。王にして之を飾るは、乃ち不可なること無からんや。
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『童子問』卷上問ふ、忠信を主とせば、則ち敬を用ふるを要せざるか。曰く、否。夫子曰く、「言は忠信、行ひは篤敬」と。又曰く、「居処は恭、事を執りては敬、人に与りては忠」と。敬も亦聖学功を用ふるの一事にして、具に成訓有り。那ぞ廃すべけんや。蓋し聖人の人を教ふる、其の工夫条目、固より一端に非ず。衆功兼ね挙げて、而る後に能く其の徳を成すことを得。猶ほ医の疾を療するに、薬に君臣佐使有り、方に七方十剤有りて、衆薬兼ね該へて、而る後に以て病を差すべきがごとし。故に或いは曰く、知仁勇と。或いは曰く、忠信篤敬と。或いは曰く、恭寛信敏恵と。或いは曰く、忠信を主とし、義に徙ると。事に因りて教へを設け、人に対して方を示す。豈に徒に一事を守りて、徳を成すことを得べけんや。然れども其の忠信に於けるや、猶ほ薬中の甘草有るがごとく、得て闕くべからず。許多の功夫有りと雖も、然れども此を以て之が主と為さざるべからざるのみ。宋儒の所謂持敬と云ふ者は、古人の事に就きて敬を致す者と、其の意既に異なり、而して亦忠信を以て主と為すことを要せず、却つて徒に一の敬の字を以て学問の始終を該ねんと欲す。猶ほ単方を以て百病を治せんと欲するがごとし。其の人を誤らざる者は、未だ之有らざるなり。
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『囲炉夜話』第九十七則・君子は心を存するに但だ忠信に憑る君子は心を存するに但だ忠信に憑る、而して婦孺皆之を敬すること神の如し、所以に君子は落ちて君子たるを得。 小人は世に處するに盡く機關を設く、而して鄉黨皆之を避くること鬼の若し、所以に小人は枉げて小人と做り了んぬ。
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『慎思録』巻之二聖人の教へは、忠信を主とするを以て本と為す。所謂之を誠にせんと思ふ者は、人の道なり。居敬を以て忠信を主とするの工夫と為す。苟も忠信を以て主と為さずして、徒に敬を以て一心の主宰と為さば、是れ工夫を以て心の主と為すなり。恐らくは敬に偏りて、流れて束縛強持の病と為らん。甚だしきは色仁を執りて、行ひ違ふ者之有り。夫れ敬は古来聖賢伝授の心法なり。然るに近世の持敬者は、一副当の病と為る。学者須らく居敬の方を知りて、而る後に持敬すべし。
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『童子問』卷上問ふ、忠信は固より美徳たり。然れども信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊なり。則ち又未だ必ずしも蔽無からず。曰く、然り。語に曰く、「信、義に近ければ、言復むべし」と。孟子曰く、「大人は、言必ずしも信ならず、行ひ必ずしも果ならず、唯義の在る所のままにす」と。蓋し徒に信を好みて義に合はざれば、必ず道を害す。然れども十分に通徹し、必ず忠に必ず信にして、而る後に以て此の言を為すべし。若し内に忠信を尽くさず、少しの疎漏有れば、則ち先づ義を併せて之を失ふ。何の学問か之有らん。蓋し物に接するの間、欺かず詐らず、十分真実にして、堅く執りて回らざる、忠信の謂なり。千変万化、機に臨みて宜しきを制し、取捨失はざる、義の功なり。忠信は万事の根本、義は学問の大用なり。故に学者は当に忠信を以て基と為して、義以て之を制すべし。故に曰く、「忠信を主とし義に従ふは、徳を崇くするなり」と。夫子も亦嘗て曰く、「十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなり」と。忠信は固より美徳たり、然れども学びて以て之を成さざれば、則ち善と為すに足らざるを言ふなり。此れ亦学者の当に慮りを弾くすべき所なり。

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