新序 / 節士第七
東方有士曰袁族目,將有所適,而饑於道,狐父之盜丘人也見之,下壺餐以與之。袁族目三餔而䏻視,仰而問焉。曰:「子誰也?」曰:「我狐父之盗丘人也。」袁族目曰:「嘻!汝乃盗也,何爲而食我?以吾不食也。」兩手據地而歐之,不出,喀喀然,遂伏地而死。縣名為勝母,曾子不入,邑號朝歌,墨子囬車。故孔子席不正不坐,割不正不食,不飲盗泉之水,積正也。族目不食而死,潔之至也。
新字:東方有士曰袁族目,将有所適,而饑於道,狐父之盗丘人也見之,下壺餐以与之。袁族目三餔而䏻視,仰而問焉。曰:「子誰也?」曰:「我狐父之盗丘人也。」袁族目曰:「嘻!汝乃盗也,何為而食我?以吾不食也。」両手拠地而欧之,不出,喀喀然,遂伏地而死。県名為勝母,曽子不入,邑号朝歌,墨子囬車。故孔子席不正不坐,割不正不食,不飲盗泉之水,積正也。族目不食而死,潔之至也。
書き下し
東方に士有り袁族目と曰う。將に適く所有らんとして、道に饑う。狐父の盜丘人なる者之を見て、壺餐を下して以て之に與う。袁族目三たび餔いて能く視る。仰ぎて焉に問いて曰く、子は誰ぞや、と。曰く、我は狐父の盜丘人なり、と。袁族目曰く、嘻、汝は乃ち盜なり。何爲れぞ我に食らわしむる。吾食らわざるを以てなり、と。兩手地に據りて之を歐く。出でず、喀喀然たり。遂に地に伏して死す。縣に名づけて勝母と爲す。曾子入らず。邑を朝歌と號す。墨子車を囘らす。故に孔子は席正しからざれば坐せず、割正しからざれば食らわず、盜泉の水を飲まず。正を積むなり。族目食らわずして死す。潔の至りなり。
現代語訳
東方に袁族目という士がいた。行こうとする先があって、道中で飢えた。狐父の盗賊で丘人という者がこれを見て、壺の食事を下ろして与えた。袁族目は三口食べて、ものが見えるようになった。仰いで尋ねた。「あなたは誰か」。「私は狐父の盗賊、丘人だ」。袁族目は言った。「ああ、お前は盗賊か。どうして私に食べさせたのだ。私は食べないのに」。両手を地について吐こうとした。出ない、えずくばかり。そのまま地に伏して死んだ。県の名を勝母といい、曾子は入らなかった。邑を朝歌と号し、墨子は車を回して引き返した。だから孔子は席が正しくなければ座らず、切り方が正しくなければ食べず、盗泉の水を飲まなかった。正しさを積むのである。族目は食べずに死んだ。潔白の極みである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『列子』説符篇東方に人有り、爰旌目と曰う。將に適く有らんとして、道に餓う。狐父の盜丘と曰う者、見て壺餐を下して以て之に餔う。爰旌目三たび餔いて而る後に能く視る。曰く、子は何を爲す者ぞや、と。曰く、我は狐父の人丘なり、と。爰旌目曰く、譆、汝は盜に非ずや。胡爲れぞ我に食わしむる。吾義として子の食を食らわざるなり、と。兩手を地に據えて之を歐くも、出でず。喀喀然として、遂に伏して死す。狐父の人は則ち盜なり。而れども食は盜に非ざるなり。人の盜なるを以て因りて食を盜と謂いて敢えて食らわざるは、是れ名實を失える者なり。
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呂氏春秋・介立②東方に士有り、爰旌目と曰う。將に適く有らんとして、道に餓ゆ。狐父の盜を丘と曰う。見て壺餐を下して以て之に餔わしむ。爰旌目三たび之を餔いて、而る後に能く視て、曰く、「子は何為る者なり。」曰く、「我狐父の人丘なり。」爰旌目曰く、「譆、汝盜に非ずや。胡為れぞ我に食わしむるや。吾が義として子の食を食らわざるなり。」兩手を地に據りて之を吐かんとするも、出でず。喀喀然として遂に地に伏して死せり。鄭人のショを下すや、莊蹻の郢を暴するや、秦人の長平を圍むや、韓・荊・趙、此の三國の者の將帥貴人皆多く驕り、其の士卒衆庶皆多く壯なり。因りて相暴して以て相殺し、脆弱の者は拜して以て死を避れんことを請い、其れ卒に遞いに相食み、其の義を辧ぜず、幸にして以て活くるを得んことを冀えばなり。爰旌目の如きは已に食らいて死せず、其の義を惡みて死せざるを肯ぜず。今此に相為に謀る、豈に遠からずや。
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『新序』節士第七齊大いに饑う。黔敖食を路に爲り、以て饑うる者を待ちて之に食らわしむ。餓うる者に□袂履を接し貿貿然として來たる有り。黔敖左に食を奉じ、右に飲を執りて曰く、嗟、來たり食らえ、と。餓うる者其の目を揚げて之を視て曰く、予唯だ嗟來の食を食らわず、以て此に至るなり、と。從いて謝す。終に食らわずして死す。曾子之を聞きて曰く、微かなるかな。其の嗟するや去る可し。其の謝するや食らう可し、と。
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『新序』節士第七子列子容貌を窮め、饑色有り。客に鄭の子陽に言う者有りて曰く、子列子禦寇は蓋し有道の士なり。君の國に居りて窮す。君乃ち士を好まざりと爲すこと無からんや、と。子陽官に令して之に粟數十乘を遺らしむ。子列子出でて使者を見、再拜して辭す。使者去り、子列子入る。其の妻望みて心を拊ちて曰く、聞くならく有道者と爲れば、妻子皆な佚樂を得、と。今妻子皆な饑色有り。君過ぎりて先生に遺る。先生又た辭す。豈に命に非ずや、と。子列子笑いて之に謂いて曰く、君は自ら我を知る者に非ざるなり。人の言を以て我を知り、人の言を以て我に粟を遺るなり。其の我を罪するや、又た將に人の言を以てせんとす。此れ吾が受けざる所以なり。且つ人の養を受けて、其の難に死せざるは、不義なり。其の難に死すれば、是れ無道の人に死するなり。豈に義ならんや、と。其の後、民果たして難を作し、子陽を殺す。子列子の微を見て不義を除くこと遠し。且つ子列子内に饑寒の憂え有り。猶お苟くも取らず。得るを見ては義を思い、利を見ては害を思う。况んや其の富貴に在るをや。故に子列子性命の情に通ず。能く節を守ると謂う可し。
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『新序』節士第七魯の宣公なる者は、魯の文公の弟なり。文公薨じ、文公の子子赤立ちて、魯侯と爲る。宣公子赤を殺して之が國を奪い、立ちて魯侯と爲る。公子肹なる者は、宣公の同母弟なり。宣公子赤を殺して肹之を非とす。宣公之に祿を與うれば、則ち曰く、我足れり。何ぞ兄の食を以て爲さんや、と。屨を織りて食らい、身を終うるまで宣公の食を食らわず。其の仁恩厚し。其の節を守ること固し。故に春秋美として之を貴ぶ。
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『新序』節士第七鮑焦衣弊れ膚見わる。畚を潔くして將に蔬せんとす。子贛に道に遇う。子贛曰く、吾子何を以て此に至れるや、と。焦曰く、天下の德敎を遺つる者衆し。吾何を以て此に至らざらんや。吾之を聞く、世己を知らずして、之を行いて已まざる者は、是れ爽行なり。上己を知らずして、之を干めて止まざる者は、是れ廉を毁つなり、と。行い爽い廉毁れ、然も且つ舍かざるは、利に惑う者なり、と。子贛曰く、吾之を聞く、其の世を非とする者は其の利に生きず、其の君を汙す者は、其の土を履まず、と。今吾子其の君を汙して其の土を履み、其の世を非として其の蔬を將る。此れ誰の有ぞや、と。鮑焦曰く、嗚呼、吾聞く、賢者は進むを重んじて退くを輕んじ、廉者は醜を易んじて死を輕んず、と。乃ち其の蔬を弃てて立ち、洛水の上に槁死す。君子之を聞きて曰く、廉夫剛なるかな。夫れ山鋭ければ則ち高からず、水狹ければ則ち深からず。行い特なる者は其の德厚からず。志天地と疑しき者は、其の人と爲り不祥なり。鮑子は不祥と謂う可し。其の節度淺く、深きこと適ミ至りて止むのみ、と。