新序 / 節士第七
鮑焦衣弊膚見,潔畚將蔬,遇子贛於道。子贛曰:「吾子何以至此也?」焦曰:「天下之遺德教者衆矣!吾何以不至於此也。吾聞之,世不已知,而行之不已者,是爽行也;上不已知,而干之不止者,是毁亷也。行爽廉毁,然且不舍,惑於利者也。」子贛曰:「吾聞之,非其世者不生其利,汙其君者,不履其土。今吾子汙其君而履其土,非其世而將其蔬,此誰之有哉?」鮑焦曰:「嗚呼!吾聞賢者重進而輕退,亷者易醜而輕死。」乃弃其蔬而立,槁死於洛水之上。君子聞之曰:「廉夫剛哉!夫山鋭則不髙,水狹則不深,行特者其德不厚,志與天地疑者,其為人不祥。鮑子可謂不祥矣,其節度淺,深適至而止矣。」詩曰:「已焉哉!天實為之,謂之何哉?」。
新字:鮑焦衣弊膚見,潔畚将蔬,遇子贛於道。子贛曰:「吾子何以至此也?」焦曰:「天下之遺徳教者衆矣!吾何以不至於此也。吾聞之,世不已知,而行之不已者,是爽行也;上不已知,而干之不止者,是毁亷也。行爽廉毁,然且不舎,惑於利者也。」子贛曰:「吾聞之,非其世者不生其利,汙其君者,不履其土。今吾子汙其君而履其土,非其世而将其蔬,此誰之有哉?」鮑焦曰:「嗚呼!吾聞賢者重進而軽退,亷者易醜而軽死。」乃弃其蔬而立,槁死於洛水之上。君子聞之曰:「廉夫剛哉!夫山鋭則不高,水狭則不深,行特者其徳不厚,志与天地疑者,其為人不祥。鮑子可謂不祥矣,其節度浅,深適至而止矣。」詩曰:「已焉哉!天実為之,謂之何哉?」。
書き下し
鮑焦衣弊れ膚見わる。畚を潔くして將に蔬せんとす。子贛に道に遇う。子贛曰く、吾子何を以て此に至れるや、と。焦曰く、天下の德敎を遺つる者衆し。吾何を以て此に至らざらんや。吾之を聞く、世己を知らずして、之を行いて已まざる者は、是れ爽行なり。上己を知らずして、之を干めて止まざる者は、是れ廉を毁つなり、と。行い爽い廉毁れ、然も且つ舍かざるは、利に惑う者なり、と。子贛曰く、吾之を聞く、其の世を非とする者は其の利に生きず、其の君を汙す者は、其の土を履まず、と。今吾子其の君を汙して其の土を履み、其の世を非として其の蔬を將る。此れ誰の有ぞや、と。鮑焦曰く、嗚呼、吾聞く、賢者は進むを重んじて退くを輕んじ、廉者は醜を易んじて死を輕んず、と。乃ち其の蔬を弃てて立ち、洛水の上に槁死す。君子之を聞きて曰く、廉夫剛なるかな。夫れ山鋭ければ則ち高からず、水狹ければ則ち深からず。行い特なる者は其の德厚からず。志天地と疑しき者は、其の人と爲り不祥なり。鮑子は不祥と謂う可し。其の節度淺く、深きこと適ミ至りて止むのみ、と。
現代語訳
鮑焦は衣が破れて肌が見えていた。もっこを清めて野菜を採ろうとしていた。子貢と道で出会った。子貢は言った。「あなたはどうしてこうなったのか」。焦は言った。「天下には徳の教えを捨てた者が多い。私がどうしてこうならずにいられよう。私はこう聞いている、世が自分を知らないのに、行い続けてやめない者は、行いを損なっている。上が自分を知らないのに、求め続けてやめない者は、廉を壊している、と。行いを損ない廉を壊し、それでもやめないのは、利に惑っている者だ」。子貢は言った。「私はこう聞いている、その世を否とする者はその利で生きず、その君を汚す者はその土を踏まない、と。いまあなたはその君を汚しながらその土を踏み、その世を否としながらその野菜を採っている。それは誰のものなのか」。鮑焦は言った。「ああ、私はこう聞いている、賢者は進むことを重んじて退くことを軽んじ、廉直な者は恥を軽んじて死を軽んじる、と」。そこで野菜を捨てて立ち、洛水のほとりで枯れ死んだ。君子はこれを聞いて言った。「廉直な人は剛いものだ。そもそも山は尖っていれば高くならず、水は狭ければ深くならない。行いが突出した者は、その徳が厚くない。志が天地と張り合う者は、その人となりが不吉である。鮑子は不吉といってよい。その節度は浅く、深さはたまたま行き着いて止まっただけだ」。
解説
この章句が説くこと
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説苑・尊賢斉の桓公庭燎を設け、士の造り見えんと欲する者の為にす。期年にして士至らず。是に於いて東野の鄙人に九九の術を以て見えんとする者有り。桓公曰く、「九九何ぞ以て見ゆるに足らんや」と。鄙人対えて曰く、「臣九九を以て見ゆるに足れりと為すに非ず、臣聞く、主君庭燎を設けて以て士を待つも、期年にして士至らずと。夫れ士の至らざる所以の者は、君は天下の賢君なり、四方の士、皆自ら論ずるに君に及ばずと以て、故に至らざるなり。夫れ九九は薄能のみなるに、而れども君猶お之を礼す、況んや九九より賢れる者をや。夫れ太山は壌石を辞せず、江海は小流を逆えず、大を成す所以なり」と。詩に云う、「先民言える有り、芻蕘に詢う」と。博く謀ることを言うなり。桓公善しと曰いて、乃ち因りて之を礼す。期月にして四方の士、相携えて並び至る。詩に曰く、「堂より基に徂き、羊より牛に徂く」と。内を以て外に及び、小を以て大に及ぶことを言うなり。
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説苑・復恩楚の荘王群臣に酒を賜ふ、日暮れて酒酣にして、燈燭滅す、乃ち人の美人の衣を引く者有り、美人其の冠纓を援絶して、王に告げて曰く、「今者燭滅え、妾の衣を引く者有り、妾其の冠纓を援け得て之を持てり、趣かに火を来して上げしめ、纓を絶ちし者を視られよ」と。王曰く、「人に酒を賜ひ、酔ひて礼を失はしめしに、奈何ぞ婦人の節を顕して士を辱めんと欲せんや」と。乃ち左右に命じて曰く、「今日寡人と飲みて、冠纓を絶たざる者は懽ならず」と。群臣百有余人皆其の冠纓を絶ち去りて火を上ぐ、卒に尽く懽びて罷む。居ること三年、晋楚と戦ふ、一臣常に前に在り、五合五たび奮ひ、首として敵を卻く、卒に之に勝つを得たり、荘王怪しみて問ひて曰く、「寡人徳薄く、又未だ嘗て子を異にせざるに、子何の故に死に出でて疑はざること是の如きか」と。対へて曰く、「臣当に死すべかりき、往者酔ひて礼を失ひしとき、王隠忍して誅を加へざりき、臣終に敢へて蔭蔽の徳を以て王に顕報せざらんや、常に肝脳を地に塗り、頸血を用ひて敵に湔がんことを願ふこと久し、臣乃ち夜纓を絶ちし者なり」と。遂に晋軍を敗り、楚以て強きを得たり、此れ陰徳有る者は必ず陽報有るなり。
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尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
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人物志・材能寛弘の人は、宜しく郡国を為すべし。下をして其の功を施すを得しめて、其の事を総成す。急小の人は、宜しく百里を理むべし。事を己に辦ぜしむ。
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牧民忠告・事長夫れ天下を能くする者は、其の志必ず高く、其の至る所必ず遠し。昔某郡に新守有り、褊驁(へんごう)にして大いに其の下を礼せず、常に掾属(えんぞく)をして庭下に羅拝(らはい)せしむ。一賢掾有り、初め疾を以て告に在り、疾愈(い)えて当に庭参すべし。是の日偶(たま)たま大雨あり、守は傘を張り茅(かや)を庭下に布(し)かしめ、掾をして拝せしむ、掾恬然(てんぜん)として容(かたち)を動かさず、興伏(こうふく)惟(こ)れ謹めり。識者其の他日必ず宰相と為るを知るなり、後果たして然り。
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説苑・尊賢晋の文侯、地を行きて隧に登るに、大夫皆之を扶く。隨会扶けず。文侯曰く、「会よ、夫れ人臣為りて其の君を忍ぶ者は、其の罪奚如ん」と。対えて曰く、「其の罪重死なり」と。文侯曰く、「何をか重死と謂う」と。対えて曰く、「身死し、妻子戮せらる」と。隨会曰く、「君奚ぞ独り人臣為りて其の君を忍ぶ者を問いて、人君為りて其の臣を忍ぶ者を問わざるや」と。文侯曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、其の罪何如ん」と。隨会対えて曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、智士謀を為さず、弁士言を為さず、仁士行を為さず、勇士死を為さず」と。文侯綏を援きて車を下り、大夫に辞して曰く、「寡人に腰髀の病有り、願わくは諸大夫罪する勿かれ」と。