新序 / 節士第七
子列子窮容貌,有饑色。客有言於鄭子陽者曰:「子列子禦㓂盖有道之士也,居君之國而窮,君無乃為不好士乎?」子陽令官遺之粟數十乘子列子出見使者,再拜而辭。使者去,子列子入,其妻望而拊心曰:「聞為有道者,妻子皆得佚樂,今妻子皆有饑色矣,君過而遺先生先生又辭,豈非命也哉!」子列子笑而謂之曰:「君非自知我者也,以人之言而知我,以人之言而遺我粟也,其罪我也,又將以人之言,此吾所以不受也。且受人之養,不死其難,不義也;死其難,是死無道之人,豈義哉!」其後,民果作難,殺子陽。子列子之見㣲除不義逺矣。且子列子内有饑寒之憂,猶不苟取,見得思義,見利思害,况其在富貴乎?故子列子通乎性命之情,可謂能守節矣。
新字:子列子窮容貌,有饑色。客有言於鄭子陽者曰:「子列子禦㓂盖有道之士也,居君之国而窮,君無乃為不好士乎?」子陽令官遺之粟数十乗子列子出見使者,再拝而辞。使者去,子列子入,其妻望而拊心曰:「聞為有道者,妻子皆得佚楽,今妻子皆有饑色矣,君過而遺先生先生又辞,豈非命也哉!」子列子笑而謂之曰:「君非自知我者也,以人之言而知我,以人之言而遺我粟也,其罪我也,又将以人之言,此吾所以不受也。且受人之養,不死其難,不義也;死其難,是死無道之人,豈義哉!」其後,民果作難,殺子陽。子列子之見㣲除不義遠矣。且子列子内有饑寒之憂,猶不苟取,見得思義,見利思害,況其在富貴乎?故子列子通乎性命之情,可謂能守節矣。
書き下し
子列子容貌を窮め、饑色有り。客に鄭の子陽に言う者有りて曰く、子列子禦寇は蓋し有道の士なり。君の國に居りて窮す。君乃ち士を好まざりと爲すこと無からんや、と。子陽官に令して之に粟數十乘を遺らしむ。子列子出でて使者を見、再拜して辭す。使者去り、子列子入る。其の妻望みて心を拊ちて曰く、聞くならく有道者と爲れば、妻子皆な佚樂を得、と。今妻子皆な饑色有り。君過ぎりて先生に遺る。先生又た辭す。豈に命に非ずや、と。子列子笑いて之に謂いて曰く、君は自ら我を知る者に非ざるなり。人の言を以て我を知り、人の言を以て我に粟を遺るなり。其の我を罪するや、又た將に人の言を以てせんとす。此れ吾が受けざる所以なり。且つ人の養を受けて、其の難に死せざるは、不義なり。其の難に死すれば、是れ無道の人に死するなり。豈に義ならんや、と。其の後、民果たして難を作し、子陽を殺す。子列子の微を見て不義を除くこと遠し。且つ子列子内に饑寒の憂え有り。猶お苟くも取らず。得るを見ては義を思い、利を見ては害を思う。况んや其の富貴に在るをや。故に子列子性命の情に通ず。能く節を守ると謂う可し。
現代語訳
列子は暮らしが行き詰まり、飢えた顔色をしていた。客のひとりが鄭の子陽に言った。「列子禦寇はおそらく道を体した士です。君の国に住みながら困窮しています。君はまさか士を好まないということになりはしませんか」。子陽は役人に命じて粟を数十車分贈らせた。列子は出て使者に会い、二度拝んで辞退した。使者が去り、列子は中に入った。妻は恨んで胸を打って言った。「道を体した者となれば、妻子はみな安楽を得られると聞いていました。いま妻子はみな飢えた顔色です。君が心を寄せて先生に贈られた。先生はまた辞退された。これは運命ではないでしょうか」。列子は笑って言った。「君は自分で私を知った人ではない。人の言葉で私を知り、人の言葉で私に粟を贈ったのだ。私を罪するときも、また人の言葉によるだろう。これが私が受け取らない理由だ。それに人の扶養を受けて、その人の難に死なないのは不義である。その難に死ねば、それは道のない人のために死ぬことになる。どうして義であろうか」。その後、民は果たして反乱を起こし、子陽を殺した。列子が兆しを見て不義を避けたことは、はるかである。そのうえ列子は内に飢えと寒さの憂いがあった。それでもいい加減には取らなかった。得るものを見ては義を思い、利を見ては害を思う。まして富貴の身にあればなおさらである。だから列子は性と命の実情に通じていた。よく節を守ったというべきである。
解説
この章句が説くこと
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易経・彖伝「節(せつ)は亨(とお)る」。剛柔分かれて剛は中を得たり。「苦節(くせつ)は貞(てい)にすべからず」とは、其の道窮(きわ)まればなり。説(よろこ)びて以て險(けん)を行き、位に當(あ)たりて以て節し、中正にして以て通ず。天地節して四時(しじ)成る。節するに制度を以てすれば、財を傷(そこな)わず、民を害せず。
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論語・衛霊公篇子曰く、由、徳を知る者は鮮なし。
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風姿花伝・第七 別紙口伝一、こまかなる口伝にいはく、音曲、舞、はたらき、振、風情、これまた同じ心なり。これいつもの風情音曲なれば、さやうにぞあらんずらんと人の思ひなれたるところを、さのみに住せずして、心根に同じ振ながらも、もとよりはかるがると風体を嗜み、いつもの音曲なれども、なほ故実をめぐらして曲を彩り、声色を嗜みて、わが心にも今ほどに執することなしと大事にして、このわざをすれば、見聞く人常よりもなほおもしろしなど、批判にあふことあり。これは見聞く人の為、めづらしき心にあらずや。然れば、同じ音曲風情をするとも、上手のしたらんは別におもしろかるべし。下手はもとよりならひおぼえつる節博士の分なれば、めづらしき思ひなし。上手と申すは、同じ節かかりなれども曲を心得たり。曲といふは節のうへの花なり。同じ上手同じ花のうちにても、無上の公案をきはめたらんは、なほかつ花を知るべし。凡そ音曲にも、節は定まれる形木、曲は上手の物なり。舞にも、手は習へる形木、品かかりは上手の物なり。
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易経・象伝澤上に水有るは節なり、君子は以て數度を制し、德行を議す。
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