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呂氏春秋 / 介立②

東方有士焉曰爰旌目,將有適也,而餓於道。狐父之盜曰丘,見而下壺餐以餔之。爰旌目三餔之而後能視,曰:“子何為者也?”曰:“我狐父之人丘也。”爰旌目曰:“譆!汝非盜邪?胡為而食我?吾義不食子之食也。”兩手據地而吐之,不出,喀喀然遂伏地而死。鄭人之下(革處)也,莊蹻之暴郢也,秦人之圍長平也,韓、荊、趙,此三國者之將帥貴人皆多驕矣,其士卒眾庶皆多壯矣,因相暴以相殺,脆弱者拜請以避死,其卒遞而相食,不辨其義,冀幸以得活。如爰旌目已食而不死矣,惡其義而不肯不死,今此相為謀,豈不遠哉?

新字:東方有士焉曰爰旌目,将有適也,而餓於道。狐父之盗曰丘,見而下壺餐以餔之。爰旌目三餔之而後能視,曰:“子何為者也?”曰:“我狐父之人丘也。”爰旌目曰:“譆!汝非盗邪?胡為而食我?吾義不食子之食也。”両手拠地而吐之,不出,喀喀然遂伏地而死。鄭人之下(革処)也,荘蹻之暴郢也,秦人之囲長平也,韓、荊、趙,此三国者之将帥貴人皆多驕矣,其士卒眾庶皆多壮矣,因相暴以相殺,脆弱者拝請以避死,其卒逓而相食,不辨其義,冀幸以得活。如爰旌目已食而不死矣,悪其義而不肯不死,今此相為謀,豈不遠哉?

書き下し

東方に士有り、爰旌目と曰う。將に適く有らんとして、道に餓ゆ。狐父の盜を丘と曰う。見て壺餐を下して以て之に餔わしむ。爰旌目三たび之を餔いて、而る後に能く視て、曰く、「子は何為る者なり。」曰く、「我狐父の人丘なり。」爰旌目曰く、「譆、汝盜に非ずや。胡為れぞ我に食わしむるや。吾が義として子の食を食らわざるなり。」兩手を地に據りて之を吐かんとするも、出でず。喀喀然として遂に地に伏して死せり。鄭人のショを下すや、莊蹻の郢を暴するや、秦人の長平を圍むや、韓・荊・趙、此の三國の者の將帥貴人皆多く驕り、其の士卒衆庶皆多く壯なり。因りて相暴して以て相殺し、脆弱の者は拜して以て死を避れんことを請い、其れ卒に遞いに相食み、其の義を辧ぜず、幸にして以て活くるを得んことを冀えばなり。爰旌目の如きは已に食らいて死せず、其の義を惡みて死せざるを肯ぜず。今此に相為に謀る、豈に遠からずや。

現代語訳

東方に爰旌目(えんせいもく)という士がいた。どこかへ行こうとして、道中で飢えていた。狐父(地名)の盗賊で丘という者がいた。爰旌目を見て、壺の食べ物を差し出して食べさせた。爰旌目は三口ほど食べて、ようやく目が見えるようになり、言った、「あなたは何者か」。丘は「私は狐父の者、丘だ」と答えた。爰旌目は言った、「ああ、お前は盗賊ではないか。どうして私に食べさせたのか。私は義として、お前の食べ物を食べるわけにはいかない」。両手を地について食べたものを吐こうとしたが、出てこず、ゲエゲエとえずいたあげく、ついに地に倒れ伏して死んだ。鄭の人がショ(韓の邑)を攻め下したとき、荘蹻(楚の大盗)が郢を荒らしたとき、秦の人が長平を包囲したとき、韓・荊(楚)・趙、この三国の将帥や貴人はみな驕り高ぶり、その兵士や民衆はみな血気盛んであった。それでいて互いに暴威をふるって殺し合い、弱い者は拝んで命乞いをして死を免れようとし、しまいには互いに食い合って、義のなんたるかもわきまえず、ただ幸いに生き延びられることばかりを願った。爰旌目のような者は、すでに施しを受けて食べ、死なずにすむのに、その義に反することを憎んで、あえて死なずにはいられなかった。この爰旌目と、命乞いした者たちとを今ここで並べて考えてみれば、その隔たりはなんと大きいことか。

解説

本段は義に殉じた爰旌目の逸話を軸に、義と生への執着を対比します。飢えた爰旌目は盗賊の施しで一度は目が見えるほど回復しますが、相手が盗賊と知るや「義として食べられない」と食を吐こうとし、吐けずに死にました。これに対し、長平の戦いなどで敗れた者たちは義を忘れ、命乞いし、ついには食い合ってまで生き延びようとしたと描かれます。背景には、生死の際にこそ人の節義が試されるという戦国期の価値観があります。呂氏春秋は両者の隔たりを際立たせ、義に殉じる潔さを称えます。現代でも、極限状況で何を守るかという問いとして、私たちに重い示唆を与える話です。

この章句が説くこと

介立爰旌目狐父長平節義

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