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新序 / 節士第七

屈原使齊,還聞張儀已去,大爲王言張儀之罪,懷王使人追之,不及。後秦嫁女于楚,與懷王歡,為藍田之㑹,屈原以為秦不可信,願勿會,羣臣皆以為可㑹,懷王遂㑹,果見囚拘,客死於秦,為天下笑。懷王子頃襄王,亦知羣臣諂誤懷王,不察其罪,反聽羣讒之口,復放屈原。屈原疾闇王亂俗,汶汶嘿嘿,以是為非,以清為濁不忍見于世,將自投於淵,漁父止之。屈原曰:「世皆醉,我獨醒;世皆濁我獨淸吾獨聞之,新浴者必振衣,新沐者必彈冠。又惡䏻以其泠泠更事世之嘿嘿者哉?吾寧投淵而死。」遂自投湘水汨羅之中而死。

新字:屈原使斉,還聞張儀已去,大為王言張儀之罪,懐王使人追之,不及。後秦嫁女于楚,与懐王歓,為藍田之会,屈原以為秦不可信,願勿会,羣臣皆以為可会,懐王遂会,果見囚拘,客死於秦,為天下笑。懐王子頃襄王,亦知羣臣諂誤懐王,不察其罪,反聴羣讒之口,復放屈原。屈原疾闇王乱俗,汶汶嘿嘿,以是為非,以清為濁不忍見于世,将自投於淵,漁父止之。屈原曰:「世皆酔,我独醒;世皆濁我独清吾独聞之,新浴者必振衣,新沐者必弾冠。又悪䏻以其泠泠更事世之嘿嘿者哉?吾寧投淵而死。」遂自投湘水汨羅之中而死。

書き下し

屈原齊に使いす。還りて張儀已に去るを聞く。大いに王の爲に張儀の罪を言う。懷王人をして之を追わしむ。及ばず。後に秦女を楚に嫁がしめ、懷王と歡を與にし、藍田の會を爲す。屈原以爲えらく秦は信ず可からず、願わくは會する勿かれ、と。羣臣皆な以爲えらく會す可し、と。懷王遂に會す。果たして囚拘せられ、秦に客死し、天下の笑いと爲る。懷王の子頃襄王も、亦た羣臣の諂いて懷王を誤らせしを知る。其の罪を察せず、反って羣讒の口を聽き、復た屈原を放つ。屈原闇王俗を亂すを疾む。汶汶嘿嘿として、是を以て非と爲し、淸を以て濁と爲す。世に見ゆるに忍びず、將に自ら淵に投ぜんとす。漁父之を止む。屈原曰く、世皆な醉えり、我獨り醒む。世皆な濁れり、我獨り淸し。吾獨り之を聞く、新たに浴する者は必ず衣を振るい、新たに沐する者は必ず冠を彈く、と。又た惡くんぞ能く其の泠泠たるを以て世の嘿嘿たる者に更事せんや。吾寧ろ淵に投じて死せん、と。遂に自ら湘水汨羅の中に投じて死す。

現代語訳

屈原が斉に使いした。帰って張儀がすでに去ったことを聞いた。大いに王のために張儀の罪を述べた。懐王は人をやってこれを追わせた。追いつかなかった。後に秦は女を楚に嫁がせ、懐王と親しみを結び、藍田の会合を設けた。屈原は秦は信じられない、どうか会合に出ないでください、と考えた。群臣はみな会うべきだと考えた。懐王はそのまま会った。果たして捕らえられ、秦で客死し、天下の笑い者となった。懐王の子の頃襄王もまた、群臣が諂って懐王を誤らせたことを知っていた。その罪を問わず、かえって多くの讒言の口を聞き、ふたたび屈原を追放した。屈原は暗愚な王が世を乱すのを憎んだ。濁って言葉もなく、正しいものを誤りとし、清いものを濁ったものとする。世に姿を見せるに忍びず、自ら淵に身を投げようとした。漁父がこれを止めた。屈原は言った。「世はみな酔っている、私だけが醒めている。世はみな濁っている、私だけが清い。私はこう聞いている、新しく体を洗った者は必ず衣を振るい、新しく髪を洗った者は必ず冠を弾く、と。どうしてこの澄んだ身で、世の口をつぐんだ者たちと交われようか。私はいっそ淵に身を投げて死のう」。そのまま湘水の汨羅に身を投げて死んだ。

解説

同じ失敗が二代続きます。頃襄王は父を誤らせたのが誰か知っていました。その罪を問わず、かえって多くの讒言の口を聞き、ふたたび屈原を追放した。知っていて、同じ側に付いたのです。屈原の最期の言葉は、洗いたての身の比喩でした。汚れた場所に戻れないという理屈です。世はみな酔っている、私だけが醒めている。清さを保った結果が入水でした。この章は死を称えも責めもせず、そのまま置いています。

この章句が説くこと

屈原以為えらく秦は信ず可からず願わくは会する勿かれ懐王遂に会す果たして囚拘せられ秦に客死し天下の笑いと為る亦た羣臣の諂いて懐王を誤らせしを知る其の罪を察せず世皆な酔えり我独り醒む世皆な濁れり我独り清し讒言孤立

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