新序 / 節士第七
昔者,有餽魚於鄭相者,鄭相不受。或謂鄭相曰:「子嗜魚,何故不受?」對曰:「吾以嗜魚,故不受魚。受魚失禄,無以食魚;不受得禄,終身食魚。」
新字:昔者,有餽魚於鄭相者,鄭相不受。或謂鄭相曰:「子嗜魚,何故不受?」対曰:「吾以嗜魚,故不受魚。受魚失禄,無以食魚;不受得禄,終身食魚。」
書き下し
昔者、魚を鄭の相に餽る者有り。鄭の相受けず。或るひと鄭の相に謂いて曰く、子魚を嗜む。何の故に受けざる、と。對えて曰く、吾魚を嗜むを以て、故に魚を受けず。魚を受くれば祿を失う。以て魚を食らう無し。受けざれば祿を得。身を終うるまで魚を食らわん、と。
現代語訳
昔、魚を鄭の宰相に贈った者がいた。鄭の宰相は受け取らなかった。ある人が鄭の宰相に言った。「あなたは魚が好きだ。どうして受け取らないのか」。答えて言った。「私は魚が好きだから、魚を受け取らないのだ。魚を受け取れば禄を失う。魚を食べる手立てがなくなる。受け取らなければ禄がある。生涯魚を食べられる」。
解説
六十八字。前の章が価値観で断ったのに対して、こちらは計算だけで断っています。私は魚が好きだから、魚を受け取らないのだ。好きだから断る、という一見あべこべな言い方を、そのまま損得で説明しました。一度の魚と、生涯の魚を比べただけです。清廉さを説かないので、誰にでも通じる形になっています。受け取らなければ禄がある。生涯魚を食べられる。
この章句が説くこと
魚を鄭の相に餽る者有り鄭の相受けず子魚を嗜む何の故に受けざる吾魚を嗜むを以て故に魚を受けず魚を受くれば禄を失う受けざれば禄を得身を終うるまで魚を食らわん贈収賄損得
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