新序 / 節士第七
宋人有得玉者,獻諸司城子罕,子罕不受。獻玉者曰:「以示玉人,玉人以為寶,故敢獻之。」子罕曰:「我以不貪為寳爾以玉為寶,若與我者,皆䘮寶也,不若人有其寶。」故宋國之長者曰:「子罕非無寳也,所寳者異也。今以百金與摶黍以示兒子,兒子必取摶黍矣;以和氏之璧與百金以示鄙人,鄙人必取百金矣,以和氏之璧與道徳之至言,以示賢者,賢者必取至言矣。其知彌精,其取彌精;其知彌觕,其取彌觕。子罕之所寳者至矣。」
新字:宋人有得玉者,献諸司城子罕,子罕不受。献玉者曰:「以示玉人,玉人以為宝,故敢献之。」子罕曰:「我以不貪為寳爾以玉為宝,若与我者,皆喪宝也,不若人有其宝。」故宋国之長者曰:「子罕非無寳也,所寳者異也。今以百金与摶黍以示児子,児子必取摶黍矣;以和氏之璧与百金以示鄙人,鄙人必取百金矣,以和氏之璧与道徳之至言,以示賢者,賢者必取至言矣。其知弥精,其取弥精;其知弥觕,其取弥觕。子罕之所寳者至矣。」
書き下し
宋人に玉を得たる者有り。諸を司城子罕に獻ず。子罕受けず。玉を獻ずる者曰く、以て玉人に示すに、玉人以て寶と爲す。故に敢えて之を獻ず、と。子罕曰く、我は不貪を以て寶と爲す。爾は玉を以て寶と爲す。若し我に與うれば、皆な寶を喪うなり。人各ミ其の寶を有つに若かず、と。故に宋國の長者曰く、子罕は寶無きに非ざるなり。寶とする所の者異なればなり。今百金と摶黍とを以て兒子に示さば、兒子必ず摶黍を取らん。和氏の璧と百金とを以て鄙人に示さば、鄙人必ず百金を取らん。和氏の璧と道德の至言とを以て、賢者に示さば、賢者必ず至言を取らん。其の知彌ミ精なれば、其の取る彌ミ精なり。其の知彌ミ觕なれば、其の取る彌ミ觕なり。子罕の寶とする所の者は至れり、と。
現代語訳
宋の人で玉を手に入れた者がいた。これを司城の子罕に献じた。子罕は受け取らなかった。玉を献じた者は言った。「玉工に見せたところ、玉工は宝だと言いました。だからあえてこれを献じるのです」。子罕は言った。「私は貪らないことを宝とする。あなたは玉を宝とする。もし私に与えれば、二人とも宝を失うことになる。それぞれが自分の宝を持っているほうがよい」。だから宋国の長老は言った。「子罕は宝がないのではない。宝とするものが違うのだ。いま百金と黍の団子を子どもに見せれば、子どもは必ず団子を取る。和氏の璧と百金を田舎者に見せれば、田舎者は必ず百金を取る。和氏の璧と道徳の至言を賢者に見せれば、賢者は必ず至言を取る。その知が精しくなるほど、その取るものも精しくなる。その知が粗いほど、その取るものも粗い。子罕の宝とするものは、極まっている」。
解説
この章句が説くこと
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