新序 / 節士第七
曹公子喜時,字子臧,曹宣公子也。宣公與諸侯伐秦,卒於師,曹人使子臧迎䘮,使公子負芻,與太子留守,負芻殺太子而自立,子臧見負芻之當主也,宣公既葬,子臧將亡,國人皆從之,負芻立,是為曹成公,成公懼,告罪,且請子臧,子臧乃反成公遂為君。其後晉侯會諸侯,執曹成公,歸之京師,將見子臧於周天子而立之。子臧曰:「前記有之,聖達節,次守節,下不失節,為君非吾節也,雖不能聖,敢失守乎?」遂亡奔宋,曹人數請晉侯謂:「子臧反國,吾歸爾君。」於是子臧反國,晉乃言天子歸成公於曹,子臧遂以國致成公,成公為君,子臧不出,曹國乃安,子臧讓千乘之國,可謂賢矣,故春秋賢而褒其後。
新字:曹公子喜時,字子臧,曹宣公子也。宣公与諸侯伐秦,卒於師,曹人使子臧迎喪,使公子負芻,与太子留守,負芻殺太子而自立,子臧見負芻之当主也,宣公既葬,子臧将亡,国人皆従之,負芻立,是為曹成公,成公懼,告罪,且請子臧,子臧乃反成公遂為君。其後晋侯会諸侯,執曹成公,帰之京師,将見子臧於周天子而立之。子臧曰:「前記有之,聖達節,次守節,下不失節,為君非吾節也,雖不能聖,敢失守乎?」遂亡奔宋,曹人数請晋侯謂:「子臧反国,吾帰爾君。」於是子臧反国,晋乃言天子帰成公於曹,子臧遂以国致成公,成公為君,子臧不出,曹国乃安,子臧譲千乗之国,可謂賢矣,故春秋賢而褒其後。
書き下し
曹の公子喜時、字は子臧、曹の宣公の子なり。宣公諸侯と秦を伐ち、師に卒す。曹人子臧をして喪を迎えしむ。公子負芻をして、太子と留守せしむ。負芻太子を殺して自立す。子臧負芻の主に當たるを見るなり。宣公既に葬られ、子臧將に亡げんとす。國人皆な之に從う。負芻立つ。是れ曹の成公爲り。成公懼れ、罪を吿げ、且つ子臧を請う。子臧乃ち反る。成公遂に君と爲る。其の後晉侯諸侯を會し、曹の成公を執え、之を京師に歸し、將に子臧を周の天子に見えしめて之を立てんとす。子臧曰く、前記に之れ有り。聖は節に達し、次は節を守り、下は節を失わず、と。君と爲るは吾が節に非ざるなり。聖なる能わずと雖も、敢えて守るを失わんや、と。遂に亡げて宋に奔る。曹人數ミ晉侯に請う。謂う、子臧國に反らば、吾爾の君を歸さん、と。是に於いて子臧國に反る。晉乃ち天子に言いて成公を曹に歸す。子臧遂に國を以て成公に致す。成公君と爲り、子臧出でず。曹國乃ち安し。子臧千乘の國を讓る。賢と謂う可し。故に春秋賢として其の後を褒む。
現代語訳
曹の公子喜時、字は子臧は、曹の宣公の子である。宣公は諸侯とともに秦を伐ち、軍中で没した。曹の人は子臧に遺体を迎えさせた。公子負芻には、太子とともに留守させた。負芻は太子を殺して自ら立った。子臧は負芻が主に当たるのを見た。宣公が葬られると、子臧は亡命しようとした。国の人がみなこれに従った。負芻が立った。これが曹の成公である。成公は恐れ、罪を告げ、そのうえ子臧に帰るよう請うた。子臧はそこで帰った。成公はそのまま君となった。その後、晋侯が諸侯を集め、曹の成公を捕らえ、これを都に送り、子臧を周の天子に会わせて立てようとした。子臧は言った。「前の記録にこうある。聖人は節に達し、次の者は節を守り、その下の者は節を失わない、と。君となるのは私の節ではない。聖人にはなれなくとも、守ることを失ってよいものか」。そこで亡命して宋へ走った。曹の人はたびたび晋侯に請うた。晋侯は言った。「子臧が国に帰れば、私はあなたがたの君を返そう」。そこで子臧は国に帰った。晋はそこで天子に言って成公を曹に帰した。子臧はそのまま国を成公に返した。成公が君となり、子臧は表に出なかった。曹の国はそれで安らかになった。子臧は千乗の国を譲った。賢者というべきである。だから『春秋』は賢として、その子孫を褒めた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 第二百八十条 養生の工夫は節の一字養生の工夫は、節の一字に在り。
-
『弁名』節儉節は礼義の節なり。礼義は皆限る所有りて踰越すべからざる者あり。是を之れ節と謂ふ。之を節すと云ふ者は、其の限りを守りて敢へて踰えざるなり。大節は、乃ち礼義の大限を謂ふなり。皆道の目なり。「聖は節に達し、次は節を守る」の言有りてより、而して後世遂に節士・節婦の称有りて、以て其の人の徳に命くるのみ。
-
『玉勝間』七の巻 年の始のせちと云ふ事年のはじめに、いわゆる振る舞いなどする事を、節と云う。壬生の忠見家集に、或るところの屏風、正月せちするところ有り、春霞たつと云う日をむかえつつ年のあるじと我やなりなむ。
-
易経・彖伝「節(せつ)は亨(とお)る」。剛柔分かれて剛は中を得たり。「苦節(くせつ)は貞(てい)にすべからず」とは、其の道窮(きわ)まればなり。説(よろこ)びて以て險(けん)を行き、位に當(あ)たりて以て節し、中正にして以て通ず。天地節して四時(しじ)成る。節するに制度を以てすれば、財を傷(そこな)わず、民を害せず。
-
『墨子』節葬下故に衣食なる者は、人の生の利なり。然も且つ猶お尚お節有り。葬埋なる者は、人の死の利なり。夫れ何ぞ獨り此に節無からんや。子墨子、制して葬埋の法を為りて曰く、棺は三寸、以て骨を朽ちしむるに足る。衣は三領、以て肉を朽ちしむるに足る。地を掘るの深さは、下は菹漏する無く、氣は上に發洩する無く、壟は以て其の所を期するに足れば、則ち止むのみ。哭して往き哭して來り、反りて衣食の財に從事し、祭祀に佴きて、以て孝を親に致す。故に曰く、子墨子の法、死生の利を失わざる者は、此れなり。故に子墨子言いて曰く、今、天下の士君子、咸な將に仁義を為し、上士たるを求めんと欲すと謂う。上は聖王の道に中らんと欲し、下は國家百姓の利に中らんと欲せば、故に當に節葬の政を為すが若きにして、察せざる可からざる者、此れなり。
-
易経・節卦周易 第六十卦。兌下坎上。易経。節は、亨る。苦節は貞にすべからず。初九、戸庭(こてい)を出でず、咎无し。九二、門庭を出でず、凶。六三、節若(せつじゃく)たらざれば、則ち嗟若(さじゃく)たり、咎无し。六四、節に安んず、亨る。九五、節を甘んず、吉、往けば尚(たっと)ばるること有り。上六、節に苦しむ、貞なれども凶、悔亡ぶ。彖に曰く、

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る