新序 / 節士第七
紂作炮烙之刑,王子比干曰:「主暴不諫,非忠臣也;畏死不言,非勇士也。見過則諫,不用則死,忠之至也。」遂進諫,三日不去朝,紂因而殺之。詩曰:「昊天太憮,予慎無辜。」無辜而死,不亦哀哉!
書き下し
紂炮烙の刑を作る。王子比干曰く、主暴にして諫めざるは、忠臣に非ざるなり。死を畏れて言わざるは、勇士に非ざるなり。過ちを見れば則ち諫め、用いられずんば則ち死す。忠の至りなり、と。遂に進み諫む。三日朝を去らず。紂因りて之を殺す。詩に曰く、昊天太いに憮る、予慎に辜無し、と。辜無くして死す。亦た哀しからずや。
現代語訳
紂が炮烙の刑を作った。王子比干は言った。「主が暴虐なのに諫めないのは、忠臣ではない。死を恐れて言わないのは、勇士ではない。過ちを見れば諫め、用いられなければ死ぬ。これが忠の極みである」。そこで進み出て諫めた。三日、朝廷を去らなかった。紂はそこでこれを殺した。『詩経』に「大いなる天はひどく荒れる、私にはまことに罪がない」とある。罪なくして死んだ。哀しいことではないか。
解説
前の章と同じ形で、期間だけが延びています。三日、朝廷を去らなかった。先に自分の定義を述べているのが、この章の特徴です。忠臣と勇士の条件を並べたうえで、両方を満たす道を一つに絞りました。過ちを見れば諫め、用いられなければ死ぬ。これが忠の極みである。言ってから動いているので、覚悟の上でした。編者の評は短い。罪なくして死んだ。哀しいことではないか。
この章句が説くこと
紂炮烙の刑を作る主暴にして諫めざるは忠臣に非ざるなり死を畏れて言わざるは勇士に非ざるなり過ちを見れば則ち諫め用いられずんば則ち死す忠の至りなり諫言覚悟
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