新序 / 刺奢第六
魯孟獻子聘於晉,宣子觴之三徙,鐘石之懸不移而具。獻子曰:「富哉家宣子曰:「子之家孰與我家富?」獻子曰:「吾家甚貧,惟有二士,曰顔回,茲無靈者,使吾邦家安平,百姓和協,惟此二者耳!吾盡於此矣。」客出,宣子曰:「彼君子也,以養賢為富。我鄙人也,以鐘石金玉為富。」孔子曰:「孟獻子之富,可著於春秋。」
新字:魯孟献子聘於晉,宣子觴之三徙,鐘石之懸不移而具。献子曰:「富哉家宣子曰:「子之家孰与我家富?」献子曰:「吾家甚貧,惟有二士,曰顔回,茲無霊者,使吾邦家安平,百姓和協,惟此二者耳!吾尽於此矣。」客出,宣子曰:「彼君子也,以養賢為富。我鄙人也,以鐘石金玉為富。」孔子曰:「孟献子之富,可著於春秋。」
書き下し
魯の孟獻子晉に聘す。宣子之に觴すること三たび徙るも、鐘石の懸移らずして具わる。獻子曰く、富めるかな家や、と。宣子曰く、子の家孰れか我が家と富めるか、と。獻子曰く、吾が家は甚だ貧し。惟だ二士有るのみ。顏回と曰い、茲無靈なる者なり。吾が邦家をして安平ならしめ、百姓和協せしむるは、惟だ此の二者のみ。吾此に盡くせり、と。客出づ。宣子曰く、彼は君子なり。賢を養うを以て富と爲す。我は鄙人なり。鐘石金玉を以て富と爲す、と。孔子曰く、孟獻子の富は、春秋に著す可し、と。
現代語訳
魯の孟献子が晋に使いした。宣子がもてなして三度席を移したが、鐘や磬をかけた台は動かさずに、どこでも揃っていた。献子は言った。「豊かなお宅ですな」。宣子は言った。「あなたの家とわが家と、どちらが富んでいますか」。献子は言った。「わが家はたいそう貧しい。ただ二人の士がいるだけです。顔回といい、茲無霊という者です。わが国家を安らかに平らかにし、民を和合させるのは、ただこの二人だけです。私はここに尽きております」。客が出て行った。宣子は言った。「あの人は君子だ。賢者を養うことを富としている。私は俗人だ。鐘や磬、金や玉を富としている」。孔子は言った。「孟献子の富は、『春秋』に書き記してよい」。
解説
この章句が説くこと
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