新序 / 刺奢第六
齊景公飲酒而樂,釋衣冠自鼔缶,謂侍者曰:「仁人亦樂是夫?」梁丘子曰:「仁人耳目亦猶人也?奚為獨不樂此也。」公曰:「速駕迎晏子。」晏子朝服以至。公曰:「寡人甚樂此樂也,願與夫子共之,請去禮。」晏子對曰:「君之言過矣,齊國五尺之童子,力盡勝嬰而又勝君,所以不敢亂者,畏禮也。上若無禮,無以使其下;下若無禮,無以事其上。夫麋鹿唯無禮,故父子同麀人之所以貴於禽獸者,以有禮也,詩曰:『人而無禮,胡不遄死?』故禮不可去也。」公曰:「寡人無良,左右淫湎寡人,以至於此,請殺之。」晏子曰:「左右何罪,君若好禮,左右有禮者至,無禮者去。君若惡禮,亦將如之。」公曰:「善。請革衣冠,更受命。」乃廢酒而更尊朝服而坐,觴三行,晏子趨出。
新字:斉景公飲酒而楽,釈衣冠自鼓缶,謂侍者曰:「仁人亦楽是夫?」梁丘子曰:「仁人耳目亦猶人也?奚為独不楽此也。」公曰:「速駕迎晏子。」晏子朝服以至。公曰:「寡人甚楽此楽也,願与夫子共之,請去礼。」晏子対曰:「君之言過矣,斉国五尺之童子,力尽勝嬰而又勝君,所以不敢乱者,畏礼也。上若無礼,無以使其下;下若無礼,無以事其上。夫麋鹿唯無礼,故父子同麀人之所以貴於禽獣者,以有礼也,詩曰:『人而無礼,胡不遄死?』故礼不可去也。」公曰:「寡人無良,左右淫湎寡人,以至於此,請殺之。」晏子曰:「左右何罪,君若好礼,左右有礼者至,無礼者去。君若悪礼,亦将如之。」公曰:「善。請革衣冠,更受命。」乃廃酒而更尊朝服而坐,觴三行,晏子趨出。
書き下し
齊の景公酒を飲みて樂しむ。衣冠を釋きて自ら缶を鼓す。侍者に謂いて曰く、仁人も亦た是を樂しむか、と。梁丘子曰く、仁人の耳目も亦た猶お人のごとし。奚爲れぞ獨り此を樂しまざらんや、と。公曰く、速やかに駕して晏子を迎えよ、と。晏子朝服して以て至る。公曰く、寡人甚だ此の樂しみを樂しむ。願わくは夫子と之を共にせん。請う、禮を去らん、と。晏子對えて曰く、君の言過てり。齊國の五尺の童子も、力は盡く嬰に勝ち、又た君にも勝つ。敢えて亂れざる所以の者は、禮を畏るればなり。上若し禮無くんば、以て其の下を使う無し。下若し禮無くんば、以て其の上に事うる無し。夫れ麋鹿は唯だ禮無し。故に父子麀を同じくす。人の禽獸より貴き所以の者は、禮有るを以てなり。詩に曰く、人にして禮無くんば、胡ぞ遄かに死せざる、と。故に禮は去る可からざるなり、と。公曰く、寡人良からず。左右寡人を淫湎せしめ、以て此に至れり。請う、之を殺さん、と。晏子曰く、左右何の罪かあらん。君若し禮を好まば、左右の禮有る者至り、禮無き者去らん。君若し禮を惡まば、亦た將に之の如くならんとす、と。公曰く、善し。請う、衣冠を革め、更めて命を受けん、と。乃ち酒を廢して更めて朝服を尊びて坐す。觴三たび行われて、晏子趨り出づ。
現代語訳
斉の景公が酒を飲んで楽しんだ。衣冠を脱いで自ら缶を打った。侍者に言った。「仁の人もまたこれを楽しむだろうか」。梁丘子は言った。「仁の人の耳や目も、やはり人と同じです。どうして一人だけこれを楽しまないことがありましょう」。公は言った。「急いで車を出して晏子を迎えよ」。晏子は朝廷の服を着て来た。公は言った。「私はたいそうこの楽しみを楽しんでいる。どうか先生とこれを共にしたい。礼は取り払おう」。晏子は答えた。「君のお言葉は誤っております。斉国の五尺の子どもでも、力ではみな私に勝ち、また君にも勝ちます。それでもあえて乱れないのは、礼を畏れるからです。上に礼がなければ、その下を使うことができません。下に礼がなければ、その上に仕えることができません。そもそも大鹿には礼がありません。だから父子で同じ雌を共にします。人が禽獣より貴いのは、礼があるからです。『詩経』に『人でありながら礼がなければ、どうして早く死なないのか』とあります。だから礼は取り去ってはならないのです」。公は言った。「私がよくなかった。側近が私を酒に溺れさせて、ここまで来た。どうかこれを殺させてくれ」。晏子は言った。「側近に何の罪がありましょう。君が礼を好まれれば、側近で礼のある者が来て、礼のない者は去ります。君が礼を嫌われれば、やはりそのようになります」。公は言った。「もっともだ。どうか衣冠を改め、あらためて教えを受けよう」。そこで酒をやめてあらためて朝廷の服を正して座した。杯が三度回って、晏子は小走りに出て行った。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』昭公二十六年 礼の以て国を為むべきや久し式(もっ)て謌(うた)ひ且つ舞へ』と。陳氏の施し、民之を謌舞す。後世若し少しく惰りて陳氏にして亡びずんば、則ち國は其の國ならんのみ」と。公曰く、「善いかな。是れ若何す可き」と。對へて曰く、「唯だ禮以って之を已む可し。禮に在りては、家の施しは國に及ばず、民は遷らず、農は移らず、工・賈は變ぜず、士は濫せず、官は滔(おご)らず、大夫は公利を收めず」と。公曰く、「善いかな。我能はざるなり。吾今にして後に禮の以って國を為む可きを知る」と。對へて曰く、「禮の以って國を為む可きや久し。天地と並ぶ。君令し臣共し、父慈に子孝に、兄愛し弟敬し、夫和し妻柔に、姑慈に婦聽く、禮なり。君令して違はず、臣共して貳(ふたごころ)あらず、父慈にして教へ、子孝にして箴(いさ)め、兄愛して友に、弟敬して順ひ、夫和して義あり、妻柔にして正しく、姑慈にして從ひ、婦聽きて婉(ゑん)なるは、禮の善物なり」と。公曰く、「善いかな。寡人今にして後に此の禮の上を聞く」と。對へて曰く、「先王の天地に稟くる所にして、以って其の民を為むるなり。是を以って先王之を上ぶ」と。
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