新序 / 刺奢第六
魏王將起中天臺,令曰:「敢諫者死。」許綰負操鍤入曰:「聞大王將起中天臺,臣願加一力。」王曰:「子何力有加?」綰曰:「雖無力,能商臺。」王曰:「若何?」曰:「臣聞天與地相去萬五千里,今王因而半之,當起七千五百里之臺,髙既如是,其址須方八千里,盡王之地,不足以為臺址古者堯舜建諸侯,地方五千里,王必起此臺,先以兵伐諸侯,盡有其地猶不足,又伐四夷,得方八千里乃足以為臺址林木之積,人徒之衆,倉廪之儲,數以萬億度。八千里之外,當定農畝之地,足以奉給王之臺者,臺具以備,乃可以作。」魏王黙然無以應,乃罷起臺。
新字:魏王将起中天台,令曰:「敢諫者死。」許綰負操鍤入曰:「聞大王将起中天台,臣願加一力。」王曰:「子何力有加?」綰曰:「雖無力,能商台。」王曰:「若何?」曰:「臣聞天与地相去万五千里,今王因而半之,当起七千五百里之台,高既如是,其址須方八千里,尽王之地,不足以為台址古者堯舜建諸侯,地方五千里,王必起此台,先以兵伐諸侯,尽有其地猶不足,又伐四夷,得方八千里乃足以為台址林木之積,人徒之衆,倉廪之儲,数以万億度。八千里之外,当定農畝之地,足以奉給王之台者,台具以備,乃可以作。」魏王黙然無以応,乃罷起台。
書き下し
魏王將に中天の臺を起こさんとす。令して曰く、敢えて諫むる者は死、と。許綰鍤を負い操りて入りて曰く、聞くならく大王將に中天の臺を起こさんとすと。臣願わくは一力を加えん、と。王曰く、子何の力か加うる有る、と。綰曰く、力無しと雖も、能く臺を商る、と。王曰く、若何、と。曰く、臣聞く、天と地と相い去ること萬五千里、と。今王因りて之を半ばせば、當に七千五百里の臺を起こすべし。高きこと既に是くの如くんば、其の址は須らく方八千里なるべし。王の地を盡くすも、以て臺址と爲すに足らず。古者堯舜諸侯を建つ、地は方五千里。王必ず此の臺を起こさば、先ず兵を以て諸侯を伐ち、盡く其の地を有つも猶お足らず。又た四夷を伐ち、方八千里を得て乃ち以て臺址と爲すに足る。林木の積、人徒の衆、倉廩の儲、數うるに萬億を以て度らん。八千里の外、當に農畝の地を定めて、以て王の臺に奉給するに足る者たるべし。臺具以て備わりて、乃ち以て作る可し、と。魏王黙然として以て應うる無く、乃ち臺を起こすを罷む。
現代語訳
魏王が天の半ばに届く台を建てようとしていた。令を出して言った。「あえて諫める者は死罪」。許綰は鋤を背負い手に持って入って言った。「大王が天の半ばに届く台を建てられると伺いました。臣もどうか一人分の力を加えさせてください」。王は言った。「そなたに加えるどんな力があるのか」。許綰は言った。「力はありませんが、台の見積もりならできます」。王は言った。「どうなのか」。言った。「臣は聞いております、天と地の隔たりは一万五千里だと。いま王がその半ばまでとされるなら、七千五百里の台を建てることになります。高さがこれほどなら、その土台は八千里四方でなければなりません。王の領地をすべて使っても、台の土台にするには足りません。いにしえ堯舜が諸侯を建てたときの領地は五千里四方でした。王が必ずこの台を建てられるなら、まず兵をもって諸侯を伐ち、その地をすべて手に入れてもまだ足りません。さらに四方の異民族を伐ち、八千里四方を得てはじめて台の土台にするに足ります。木材の蓄え、人夫の数、倉の備蓄は、万億をもって数えることになりましょう。八千里の外に、農地を定めて、王の台に供給できるだけのものが要ります。台の道具立てがすべて備わって、はじめて作ることができます」。魏王は黙って答えることができず、そこで台を建てるのをやめた。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。