新序 / 刺奢第六
紂為鹿臺,七年而成,其大三里,髙千尺,臨望雲雨。作炮烙之刑,戮無辜,奪民力。寃暴施於百姓,慘毒加於大臣,天下叛之,願臣文王。及周師至,令不行於左右。悲夫當是時,求為匹夫不可得也,紂自取之也。
新字:紂為鹿台,七年而成,其大三里,高千尺,臨望雲雨。作炮烙之刑,戮無辜,奪民力。冤暴施於百姓,惨毒加於大臣,天下叛之,願臣文王。及周師至,令不行於左右。悲夫当是時,求為匹夫不可得也,紂自取之也。
書き下し
紂鹿臺を爲る。七年にして成る。其の大いさ三里、高さ千尺、雲雨を臨望す。炮烙の刑を作り、無辜を戮し、民力を奪う。冤暴百姓に施され、慘毒大臣に加わる。天下之に叛き、文王に臣たらんことを願う。周師の至るに及び、令左右に行われず。悲しいかな、是の時に當たり、匹夫と爲らんことを求むるも得可からざるなり。紂自ら之を取れるなり。
現代語訳
紂は鹿台を作った。七年かかって完成した。その大きさは三里、高さは千尺、雲や雨を見下ろすほどであった。炮烙の刑を作り、罪のない者を殺し、民の力を奪った。無実の暴力が民に加えられ、むごい毒が大臣に及んだ。天下はこれに背き、文王の臣となることを願った。周の軍が到着すると、命令は側近にも行われなかった。悲しいことだ、このときに至って、ただの庶民になりたいと願っても、もう得られなかった。紂が自分で招いたことである。
解説
九十五字で、七年かけた建物と、命令が届かなくなるまでが書かれています。周の軍が到着すると、命令は側近にも行われなかった。側近にすら、というのが要です。三里四方の台を建てられた人の命令が、隣にいる者にも通らない。そして最後の一行が重い。このときに至って、ただの庶民になりたいと願っても、もう得られなかった。降りるという選択肢が、いつの間にか無くなっていました。
この章句が説くこと
紂鹿台を為る七年にして成る炮烙の刑を作り無辜を戮し民力を奪う周師の至るに及び令左右に行われず匹夫と為らんことを求むるも得可からざるなり紂自ら之を取れるなり奢侈命令
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