史記 / 衛康叔世家
」告以紂所以亡者以淫於酒,酒之失,婦人是用,故紂之亂自此始。爲梓材,示君子可法則。故謂之《康誥》、《酒誥》、《梓材》以命之。
新字:」告以紂所以亡者以淫於酒,酒之失,婦人是用,故紂之乱自此始。為梓材,示君子可法則。故謂之《康誥》、《酒誥》、《梓材》以命之。
書き下し
周公康叔に告ぐるに、紂の亡ぶ所以の者は酒に淫するを以てし、酒の失は、婦人是れ用ゐらる、故に紂の乱此より始まると。梓材を為り、君子の法則とす可きを示す。故に之を康誥・酒誥・梓材と謂ひて以て之に命ず。
現代語訳
周公は康叔に告げた。紂が滅んだのは酒におぼれたからであり、酒の失敗は、そこに婦人が用いられたことに端を発する。だから紂の乱れはここから始まったのだ、と。そして『梓材』を作り、君子が手本とすべきものを示した。それゆえ、これらを『康誥』『酒誥』『梓材』と呼んで、康叔に授けたのである。
解説
「一つの、小さな溺れが、やがて、国を滅ぼす乱の、出発点となる」——周公が、若い弟に、殷の滅亡の、その、具体的な原因を、教えた一段です。周公旦は、若い康叔に、(前の政権である)殷が、なぜ、滅んだのか——その、具体的な、原因を、教えました。「殷の、(最後の王である)紂が、滅びた、その原因は——『酒に、溺れたこと(淫於酒)』に、あったのだ」と。(あの、有名な、「酒池肉林」の、放縦です。)そして、周公は、その、堕落が、どのように、広がっていったかを、説明します。「(そして、)酒に、溺れる、という、その過ちからは——(判断力を失い、)女色に、溺れ、(その言いなりに、)なるという、(さらなる、)過ちが、生まれた(酒之失、婦人是用)。——だからこそ、紂の(国を滅ぼした)乱れは、まさに、この(酒という、一点)から、始まったのだ(故紂之亂自此始)」と。国を滅ぼすほどの、大乱も——その、始まりは、「酒に溺れる」という、(一見、些細に見える、)一つの、個人的な、放縦だった、というのです。周公は、この教訓を、若い弟に、深く、刻み込むため——「康誥」「酒誥」「梓材」という、三つの、訓戒の書を、わざわざ、作って、与えました。(とりわけ、「酒誥」は、その名の通り、酒への、戒めを、説いたものです。)ここに、堕落の始まりについての教訓があります。第一に、組織や、身を滅ぼす、大きな破綻も——その、出発点は、しばしば、「(酒や、遊興、贅沢といった、)一つの、個人的な、小さな溺れ」に、あるということ(紂之亂自此始)。大乱は、突然、起きるのではない。トップの、小さな、私的な、放縦から、始まる。第二に、そして、一つの、溺れは——(判断力を、鈍らせ、)次の、溺れを、呼び、(酒の失が、女色の失を招いたように、)連鎖的に、堕落を、広げていくということ(酒之失、婦人是用)。堕落は、一つでは、終わらない。第三に、だからこそ、上に立つ者は——(「これくらい、大丈夫」と、思われる、)小さな、私的な、放縦にこそ、厳しく、自らを、律すること。そして、後進には、(抽象論ではなく、)「あの組織は、この一点から、崩れた」という、具体的な、失敗の原因を、しっかりと、伝えること。組織や人生で、大きな破綻の出発点がしばしば一つの小さな個人的な溺れにあると知ること、一つの溺れが次の溺れを呼び連鎖的に堕落を広げると理解すること、そして小さな私的な放縦にこそ厳しく自らを律すること——周公の「酒誥」の戒めは、堕落の始まりへの警戒を教えます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
周公酒誥紂之亡以淫於酒大乱は小さな溺れから始まる紂之乱自此始酒之失婦人是用
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