新序 / 雜事第五
先是靖郭君殘賊其百姓,害傷其羣臣,國人將背叛共逐之,其御知之,豫裝齎食,及亂作,靖郭君出亡,至於野而饑,其御出所裝食進之。靖郭君曰:「何以知之而齎食?」對曰:「君之暴虐,其臣下之謀久矣。」靖郭君怒,不食。曰:「以吾賢至聞也,何謂暴虐?」其御懼曰:「臣言過也,君實賢,唯羣臣不肖共害賢。」然後靖郭君悦,然後食。故齊閔王、靖郭君,雖至死亡,終身不諭者也。悲夫!
新字:先是靖郭君残賊其百姓,害傷其羣臣,国人将背叛共逐之,其御知之,予装齎食,及乱作,靖郭君出亡,至於野而饑,其御出所装食進之。靖郭君曰:「何以知之而齎食?」対曰:「君之暴虐,其臣下之謀久矣。」靖郭君怒,不食。曰:「以吾賢至聞也,何謂暴虐?」其御懼曰:「臣言過也,君実賢,唯羣臣不肖共害賢。」然後靖郭君悦,然後食。故斉閔王、靖郭君,雖至死亡,終身不諭者也。悲夫!
書き下し
是より先、靖郭君其の百姓を殘賊し、其の羣臣を害傷す。國人將に背叛して共に之を逐わんとす。其の御之を知り、豫め齎食を裝う。亂の作るに及び、靖郭君出亡す。野に至りて饑う。其の御裝う所の食を出だして之を進む。靖郭君曰く、何を以て之を知りて食を齎せる、と。對えて曰く、君の暴虐なる、其の臣下の謀ること久しきなり、と。靖郭君怒りて、食らわず。曰く、吾が賢を以て至りて聞こゆるなり。何ぞ暴虐と謂わんや、と。其の御懼れて曰く、臣の言過てり。君は實に賢なり。唯だ羣臣不肖にして共に賢を害せるのみ、と。然る後に靖郭君悦び、然る後に食らう。故に齊の閔王・靖郭君は、死亡に至ると雖も、終身諭らざる者なり。悲しいかな。
現代語訳
これより先、靖郭君はその民を痛めつけ、その群臣を傷つけていた。国の人が背いて共にこれを追い出そうとしていた。その御者はそれを知って、あらかじめ食糧を用意していた。乱が起こると、靖郭君は逃げ出した。野に至って腹が減った。御者は用意していた食糧を出してこれを差し出した。靖郭君は言った。「どうしてそれを知って食糧を用意していたのか」。答えた。「君が暴虐であることは、臣下たちが長いこと謀ってきたことです」。靖郭君は怒って、食べなかった。言った。「私の賢さは行き渡って知られている。どうして暴虐などと言うのか」。御者は恐れて言った。「臣の言葉が過ちでした。君はまことに賢明です。ただ群臣が愚かで、共に賢者を害しただけです」。その後で靖郭君は悦び、その後で食べた。だから斉の閔王と靖郭君は、死ぬに至っても、生涯悟らなかった者である。悲しいことだ。
解説
この章句が説くこと
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『新序』雜事第五遂に以て自ら賢とし、驕盈して止まず。閔王亡げて衞に走る。衞君宮を避けて之を舍らしめ、臣と稱して供具す。閔王遜らず。衞人之を侵す。閔王去りて鄒・魯に走る。驕色有り。鄒・魯納れず。遂に莒に走る。楚淖齒をして兵を將いて齊を救わしむ。因りて閔王に相たり。淖齒閔王の筋を擢きて、之を廟梁に懸け、宿昔にして之を殺し、燕と共に齊の地を分かつ。悲しいかな、閔公は大齊の國に臨み、地は方數千里。然り而して兵は諸侯に敗れ、地は燕昭に奪われ、宗廟喪亡し、社稷祀られず、宮室空虛にして、身は亡げ逃竄すること徒隸よりも甚だし。尚お亡ぶる所以を知らず。甚だ痛む可きなり。猶お自ら以て賢と爲す。豈に哀しからずや。公玉丹は徒隸の中にして、之を道くに謟佞を以てす。甚だしいかな。閔王覺らず、追いて之を善しとし、辱を以て榮と爲し、憂いを以て樂と爲す。其の亡ぶること晩し。而して卒に殺さる。
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『新序』雜事第五齊の閔王亡げて衞に居る。晝日步り走る。公玉丹に謂いて曰く、我已に亡げたり。而して其の故を知らず。吾の亡ぶる所以の者は、其れ何ぞや、と。公玉丹對えて曰く、臣王を以て已に之を知れりと爲す。王故に尚お未だ之を知らざるか。王の亡ぶる所以の者は、賢なるを以てなり。天下の主皆な不肖なるを以て、王の賢なるを惡む。因りて相い與に兵を合わせて王を攻む。此れ王の亡ぶる所以なり、と。閔王慨然として太息して曰く、賢は固より是くの若く其れ苦なるか、と。丹又た閔王に謂いて曰く、古人に辭有り、天下憂色無き者、臣其の聲を聞けり。王に於いて其の實を見る。王は名は東帝と稱し、實は天下を有つ。國を去りて衞に居るも、容貌充盈し、顏色發揚し、國を重んずるの意無し、と。王曰く、甚だ善し。丹は寡人の國を去りてより衞に居るや、帶三たび益せるを知れり、と。
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戦国策・靖郭君善齊貌辨靖郭君齊貌辨を善くす。齊貌辨の人と爲りや疵多く、門人說ばず。士尉以て靖郭君を証むるも、靖郭君聽かず。士尉辭して去る。孟嘗君又竊かに以て諫む。靖郭君大いに怒りて曰く、「而の類を剗り、吾が家を破るとも、苟くも齊貌辨に慊く可くんば、吾辭する無くして之を爲さん。」是に於て之を上舍に舍らしめ、長子をして御せしめ、旦暮食を進めしむ。數年、威王薨じて、宣王立つ。靖郭君の交はり、大いに宣王に善からず、辭して薛に之き、齊貌辨と俱に留まる。幾ばく無くして、齊貌辨辭して行き、宣王に見えんことを請ふ。靖郭君曰く、「王の嬰を說ばざること甚だし。公往かば必ず死を得ん。」齊貌辨曰く、「固より生を求めざるなり。請ふ必ず行かん。」靖郭君止むる能はず。齊貌辨行きて齊に至る。宣王之を聞き、怒を藏して以て之を待つ。齊貌辨宣王に見ゆ。王曰く、「子は靖郭君の聽愛する所の夫なるか。」齊貌辨曰く、「愛すること則ち之有り、聽くこと則ち有る無し。王の方に太子爲りし時、辨靖郭君に謂ひて曰く、『太子相不仁、頤を過ぎて豕視す、是くの若き者は信に反せん。廢して更めて衛姬の兒師を立つるに若かず。』靖郭君泣きて曰く、『不可なり、吾忍びざるなり。』若し辨に聽きて之を爲さば、必ず今日の患無からん。此れ一と爲す。薛に至りて、昭陽數倍の地を以て薛に易へんと請ふ。辨又曰く、『必ず之を聽け。』靖郭君曰く、『薛を先王に受く、後王に惡まると雖も、吾獨り先王に何をか謂はん。且つ先王の廟薛に在り、吾豈に先王の廟を以て楚に與ふべけんや。』又辨を聽くを肯へず。此れ二と爲す。」宣王大いに息をつき、色に動じて曰く、「靖郭君の寡人に於けるや一に此に至るか。寡人少くして、殊に此を知らず。客肯へて寡人の爲に靖郭君を來さしめんか。」齊貌辨對へて曰く、「敬みて諾せん。」靖郭君威王の衣を衣し、其の劍を冠舞し、宣王自ら靖郭君を郊に迎へ、之を望みて泣く。靖郭君至る。因りて之を相とせんことを請ふ。靖郭君辭し、已むを得ずして受く。七日にして、病を謝して強ひて辭す。靖郭君辭して得ず、三日にして聽く。是の時に當りて、靖郭君能く自ら人を知ると謂ふべし。能く自ら人を知る、故に人之を非るも沮まざるなり。此れ齊貌辨の生を外にして患を樂しみ難きに趣く所以なり。
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『新序』雜事第四昔者、齊の桓公野に出遊し、亡國の故城郭氏の墟を見る。野人に問いて曰く、是れ何の墟と爲す、と。野人曰く、是れ郭氏の墟と爲す、と。桓公曰く、郭氏なる者は曷爲れぞ墟となる、と。野人曰く、郭氏なる者は善を善として惡を惡めり、と。桓公曰く、善を善として惡を惡むは、人の善行なり。其の墟と爲る所以の者は、何ぞや、と。野人曰く、善を善として行う能わず、惡を惡みて去る能わず。是を以て墟と爲れるなり、と。桓公歸り、以て管仲に語げて曰く、其の人誰と爲す、と。桓公曰く、知らざるなり、と。管仲曰く、君も亦た一の郭氏なり、と。是に於いて桓公野人を招きて賞す。
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『新序』雜事第二靖郭君薛に城かんと欲す。而して客多く以て諫む。君謁者に告げ、客の爲に事を通ずる無からしむ。是に於いて一齊人有りて曰く、臣願わくは一言せん。一言に過ぎば、臣烹らるるを請わん、と。謁者客を贊く。客曰く、海大魚、と。因りて反り走る。靖郭君曰く、請う少しく進め、と。客曰く、否。臣敢えて死を以て戲れず、と。靖郭君曰く、嘻、寡人已むを得ざるなり。試みに復た之を道え、と。客曰く、君獨り海の大魚を聞かざるか。網も止むる能わず、繳も牽く能わず。碭として水を失えば、陸居すれば則ち螻蟻意を得ん。且つ夫れ齊も、亦た君の水なり。君已に齊有り。奚ぞ薛を以て爲さん。君若し齊無くんば、薛に城くも猶お且つ益無きなり、と。靖郭君大いに悦び、民を罷めて薛に城かざるなり。
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『新序』雜事第五宋の昭王出亡して鄙に至る。喟然として嘆じて曰く、吾亡ぶる所以を知れり。吾が朝臣千人、政を發し吏を舉ぐるに、吾が君は聖なりと曰わざる無し。侍御數百人、服を被て以て立つに、吾が君は麗しと曰わざる無し。内外吾が過ちを聞かず。是を以て此に至れり、と。宋君に由りて之を觀れば、人主の國家を離れ、社稷を失う所以の者は、謟諛の者衆ければなり。故に宋昭は亡びて能く悟れり。蓋し國に反るを得たりと云う。