新序 / 雜事第四
昔者,齊桓公出遊於野,見亡國故城郭氏之墟。問於野人曰:「是為何墟?」野人曰:「是為郭氏之墟。」桓公曰:「郭氏者曷為墟?」野人曰:「郭氏者善善而惡惡。」桓公曰:「善善而惡惡,人之善行也,其所以為墟者,何也?」野人曰:「善善而不能行,惡惡而不能去,是以為墟也。」桓公歸,以語管仲曰:「其人為誰?」桓公曰:「不知也。」管仲曰:「君亦一郭氏也。」於是桓公招野人而賞焉。
新字:昔者,斉桓公出遊於野,見亡国故城郭氏之墟。問於野人曰:「是為何墟?」野人曰:「是為郭氏之墟。」桓公曰:「郭氏者曷為墟?」野人曰:「郭氏者善善而悪悪。」桓公曰:「善善而悪悪,人之善行也,其所以為墟者,何也?」野人曰:「善善而不能行,悪悪而不能去,是以為墟也。」桓公帰,以語管仲曰:「其人為誰?」桓公曰:「不知也。」管仲曰:「君亦一郭氏也。」於是桓公招野人而賞焉。
書き下し
昔者、齊の桓公野に出遊し、亡國の故城郭氏の墟を見る。野人に問いて曰く、是れ何の墟と爲す、と。野人曰く、是れ郭氏の墟と爲す、と。桓公曰く、郭氏なる者は曷爲れぞ墟となる、と。野人曰く、郭氏なる者は善を善として惡を惡めり、と。桓公曰く、善を善として惡を惡むは、人の善行なり。其の墟と爲る所以の者は、何ぞや、と。野人曰く、善を善として行う能わず、惡を惡みて去る能わず。是を以て墟と爲れるなり、と。桓公歸り、以て管仲に語げて曰く、其の人誰と爲す、と。桓公曰く、知らざるなり、と。管仲曰く、君も亦た一の郭氏なり、と。是に於いて桓公野人を招きて賞す。
現代語訳
昔、斉の桓公が野に出て遊び、滅んだ国の古い城である郭氏の廃墟を見た。野の人に問うた。「これは何の廃墟か」。野の人は言った。「これは郭氏の廃墟です」。桓公は言った。「郭氏はどうして廃墟になったのか」。野の人は言った。「郭氏は善を善とし、悪を憎みました」。桓公は言った。「善を善とし悪を憎むのは、人のよい行いである。それが廃墟になったのは、なぜか」。野の人は言った。「善を善としながら行うことができず、悪を憎みながら除くことができなかった。それで廃墟になったのです」。桓公は帰って、管仲に語って言った。「その人は誰であったのか」。桓公は言った。「知らない」。管仲は言った。「君もまた一人の郭氏です」。そこで桓公は野の人を招いて賞した。
解説
この章句が説くこと
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