新序 / 雜事第五
齊閔王亡居衛,晝日步走,謂公玉丹曰;「我已亡矣,而不知其故?吾所以亡者,其何哉?」公玉丹對曰:「臣以王為已知之矣,王故尚未之知邪王之所以亡者,以賢也,以天下之主皆不肖,而惡王之賢也,因相與合兵而攻王,此王之所以亡也。」閔王慨然太息曰:「賢固若是其苦邪?」丹又謂閔王曰:「古人有辭,天下無憂色者,臣聞其聲,於王見其實,王名稱東帝,實有天下,去國居衛,容貌充盈,顔色𤼵揚,無重國之意。」王曰:「甚善。丹知寡人自去國而居衛也,帶三益矣。」
新字:斉閔王亡居衛,昼日歩走,謂公玉丹曰;「我已亡矣,而不知其故?吾所以亡者,其何哉?」公玉丹対曰:「臣以王為已知之矣,王故尚未之知邪王之所以亡者,以賢也,以天下之主皆不肖,而悪王之賢也,因相与合兵而攻王,此王之所以亡也。」閔王慨然太息曰:「賢固若是其苦邪?」丹又謂閔王曰:「古人有辞,天下無憂色者,臣聞其声,於王見其実,王名称東帝,実有天下,去国居衛,容貌充盈,顔色𤼵揚,無重国之意。」王曰:「甚善。丹知寡人自去国而居衛也,帯三益矣。」
書き下し
齊の閔王亡げて衞に居る。晝日步り走る。公玉丹に謂いて曰く、我已に亡げたり。而して其の故を知らず。吾の亡ぶる所以の者は、其れ何ぞや、と。公玉丹對えて曰く、臣王を以て已に之を知れりと爲す。王故に尚お未だ之を知らざるか。王の亡ぶる所以の者は、賢なるを以てなり。天下の主皆な不肖なるを以て、王の賢なるを惡む。因りて相い與に兵を合わせて王を攻む。此れ王の亡ぶる所以なり、と。閔王慨然として太息して曰く、賢は固より是くの若く其れ苦なるか、と。丹又た閔王に謂いて曰く、古人に辭有り、天下憂色無き者、臣其の聲を聞けり。王に於いて其の實を見る。王は名は東帝と稱し、實は天下を有つ。國を去りて衞に居るも、容貌充盈し、顏色發揚し、國を重んずるの意無し、と。王曰く、甚だ善し。丹は寡人の國を去りてより衞に居るや、帶三たび益せるを知れり、と。
現代語訳
斉の閔王は逃げて衛にいた。昼のうちから歩いて走り回っていた。公玉丹に言った。「私はすでに国を失った。それなのにその理由が分からない。私が滅んだのはいったいなぜだろうか」。公玉丹は答えた。「臣は王がすでにご存じかと思っておりました。王はまだそれをご存じないのですか。王が滅ばれたのは、賢明でいらしたからです。天下の君主がみな愚かなために、王が賢明であることを憎んだのです。それで互いに兵を合わせて王を攻めました。これが王の滅ばれたゆえんです」。閔王は感じ入って大きくため息をついて言った。「賢明であるとは、もとよりこれほど苦しいものなのか」。公玉丹はまた閔王に言った。「古人の言葉に、天下に憂いの色がない者、というのがあります。臣はその評判を聞いておりました。王においてその実物を見ました。王は名を東帝と称し、実際に天下を保っておられました。国を去って衛におられても、お姿はふくよかで、顔色は晴れやかで、国を惜しむご様子がありません」。王は言った。「まことによい。丹は、私が国を去って衛にいるあいだに、帯が三寸太ったことを知っているのだな」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・審己④齊の湣王、亡げて衛に居る。晝日歩足し、公玉丹に謂いて曰く、「我已に亡せり、而れども其の故を知らず。吾が亡せる所以は、果して何の故ぞや。我當に已むべし。」公玉丹答えて曰く、「臣、王を以て已に之を知れりと為す。王故ぞ尚ほ未だ之を知らざるや。王の亡せし所以は、賢を以てなり。天下の王は皆不肖にして、王の賢なるを惡むや、因りて相與に兵を合せて王を攻む。此れ王の亡せし所以なり。」湣王慨焉として太息して曰く、「賢は固より是くの若く其れ苦しきか。」此も亦た其の所以を知らざるなり。此れ公玉丹の過つ所以なり。
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『新序』雜事第五遂に以て自ら賢とし、驕盈して止まず。閔王亡げて衞に走る。衞君宮を避けて之を舍らしめ、臣と稱して供具す。閔王遜らず。衞人之を侵す。閔王去りて鄒・魯に走る。驕色有り。鄒・魯納れず。遂に莒に走る。楚淖齒をして兵を將いて齊を救わしむ。因りて閔王に相たり。淖齒閔王の筋を擢きて、之を廟梁に懸け、宿昔にして之を殺し、燕と共に齊の地を分かつ。悲しいかな、閔公は大齊の國に臨み、地は方數千里。然り而して兵は諸侯に敗れ、地は燕昭に奪われ、宗廟喪亡し、社稷祀られず、宮室空虛にして、身は亡げ逃竄すること徒隸よりも甚だし。尚お亡ぶる所以を知らず。甚だ痛む可きなり。猶お自ら以て賢と爲す。豈に哀しからずや。公玉丹は徒隸の中にして、之を道くに謟佞を以てす。甚だしいかな。閔王覺らず、追いて之を善しとし、辱を以て榮と爲し、憂いを以て樂と爲す。其の亡ぶること晩し。而して卒に殺さる。
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呂氏春秋・過理③齊の湣王、亡げて衛に居り、公王丹に謂いて曰く、「我は何如なる主ぞや。」王丹對えて曰く、「王は賢主なり。臣聞く、古人に天下を辭して恨める色無き者有り、と。臣、其の聲を聞き、王に於て其の實を見る。王、名は東帝と稱し、實に天下を辨む。國を去り衛に居り、容貌充滿し、顏色發揚し、國を重んずるの意無し。」王曰く、「甚だ善し。丹は寡人を知る。寡人國を去り衛に居りて自り、帶、三副を益す。」
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『新序』雜事第五是より先、靖郭君其の百姓を殘賊し、其の羣臣を害傷す。國人將に背叛して共に之を逐わんとす。其の御之を知り、豫め齎食を裝う。亂の作るに及び、靖郭君出亡す。野に至りて饑う。其の御裝う所の食を出だして之を進む。靖郭君曰く、何を以て之を知りて食を齎せる、と。對えて曰く、君の暴虐なる、其の臣下の謀ること久しきなり、と。靖郭君怒りて、食らわず。曰く、吾が賢を以て至りて聞こゆるなり。何ぞ暴虐と謂わんや、と。其の御懼れて曰く、臣の言過てり。君は實に賢なり。唯だ羣臣不肖にして共に賢を害せるのみ、と。然る後に靖郭君悦び、然る後に食らう。故に齊の閔王・靖郭君は、死亡に至ると雖も、終身諭らざる者なり。悲しいかな。
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『新序』雜事第五宋の昭王出亡して鄙に至る。喟然として嘆じて曰く、吾亡ぶる所以を知れり。吾が朝臣千人、政を發し吏を舉ぐるに、吾が君は聖なりと曰わざる無し。侍御數百人、服を被て以て立つに、吾が君は麗しと曰わざる無し。内外吾が過ちを聞かず。是を以て此に至れり、と。宋君に由りて之を觀れば、人主の國家を離れ、社稷を失う所以の者は、謟諛の者衆ければなり。故に宋昭は亡びて能く悟れり。蓋し國に反るを得たりと云う。
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『新序』雜事第三先王臣に命じて曰く、我齊に積怨深怒有り。輕弱を量らず、齊を以て事と爲さんと欲す、と。臣對えて曰く、夫れ齊は霸王の餘業、戰勝の遺事なり。兵革に閑い、戰攻に習う。王若し之を攻めんと欲さば、必ず天下と之を圖れ。之を圖るは徑ちに趙と結ぶに若くは莫し。且つ淮北・宋の地は、楚・魏の願う所なり。趙若し許さば、楚・魏と約して力を盡くさん。四國之を攻めば、齊大いに破る可きなり、と。王曰く、善し、と。臣乃ち命を受け符節を具えて南のかた趙に使いす。顧り反りて、兵を起こして齊を攻む。天の道、先王の靈を以て、河北の地は、先王に隨いて之を舉げ、濟上の兵は、命を受けて之に勝つ。輕卒鋭兵、長驅して齊に至る。齊王遁逃して莒に走り、僅かに身を以て免る。珠玉貨寶、車甲珍器、皆な收めて燕に入る。大呂は元英に陳ね、故鼎は歷室に反り、齊器は寧臺に設け、薊丘の植は、汶篁に植う。五伯以來、功業の盛んなること、未だ先王に及ぶ者有らず。