呂氏春秋 / 審己④
齊湣王亡居於衛,晝日步足,謂公玉丹曰:“我已亡矣,而不知其故。吾所以亡者,果何故哉?我當已。”公玉丹答曰:“臣以王為已知之矣,王故尚未之知邪?王之所以亡也者,以賢也。天下之王皆不肖,而惡王之賢也,因相與合兵而攻王,此王之所以亡也。”湣王慨焉太息曰:“賢固若是其苦邪?”此亦不知其所以也,此公玉丹之所以過也。
新字:斉湣王亡居於衛,昼日歩足,謂公玉丹曰:“我已亡矣,而不知其故。吾所以亡者,果何故哉?我当已。”公玉丹答曰:“臣以王為已知之矣,王故尚未之知邪?王之所以亡也者,以賢也。天下之王皆不肖,而悪王之賢也,因相与合兵而攻王,此王之所以亡也。”湣王慨焉太息曰:“賢固若是其苦邪?”此亦不知其所以也,此公玉丹之所以過也。
書き下し
齊の湣王、亡げて衛に居る。晝日歩足し、公玉丹に謂いて曰く、「我已に亡せり、而れども其の故を知らず。吾が亡せる所以は、果して何の故ぞや。我當に已むべし。」公玉丹答えて曰く、「臣、王を以て已に之を知れりと為す。王故ぞ尚ほ未だ之を知らざるや。王の亡せし所以は、賢を以てなり。天下の王は皆不肖にして、王の賢なるを惡むや、因りて相與に兵を合せて王を攻む。此れ王の亡せし所以なり。」湣王慨焉として太息して曰く、「賢は固より是くの若く其れ苦しきか。」此も亦た其の所以を知らざるなり。此れ公玉丹の過つ所以なり。
現代語訳
斉の湣王は国を追われて逃げ、衛に身を寄せた。昼間そぞろ歩きしながら、公玉丹に言った。「私はもう国を失ったが、その理由がわからない。私が滅びた理由は、いったい何なのか。私はよく考えて改めねばならぬ」と。公玉丹は答えて言った。「私は王がすでにそれをご存じだと思っておりました。王はどうしてまだそれをご存じないのですか。王が滅びた理由は、賢明であられたからです。天下の王はみな不肖であって、王の賢明さを憎み、そこで互いに兵を合わせて王を攻めたのです。これが王の滅びた理由です」と。湣王は嘆息して言った。「賢明であることは、もともとこれほど苦しいものなのか」と。これもまたその本当の理由を知らないのである。これが公玉丹の過ちである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新序』雜事第五齊の閔王亡げて衞に居る。晝日步り走る。公玉丹に謂いて曰く、我已に亡げたり。而して其の故を知らず。吾の亡ぶる所以の者は、其れ何ぞや、と。公玉丹對えて曰く、臣王を以て已に之を知れりと爲す。王故に尚お未だ之を知らざるか。王の亡ぶる所以の者は、賢なるを以てなり。天下の主皆な不肖なるを以て、王の賢なるを惡む。因りて相い與に兵を合わせて王を攻む。此れ王の亡ぶる所以なり、と。閔王慨然として太息して曰く、賢は固より是くの若く其れ苦なるか、と。丹又た閔王に謂いて曰く、古人に辭有り、天下憂色無き者、臣其の聲を聞けり。王に於いて其の實を見る。王は名は東帝と稱し、實は天下を有つ。國を去りて衞に居るも、容貌充盈し、顏色發揚し、國を重んずるの意無し、と。王曰く、甚だ善し。丹は寡人の國を去りてより衞に居るや、帶三たび益せるを知れり、と。
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呂氏春秋・過理③齊の湣王、亡げて衛に居り、公王丹に謂いて曰く、「我は何如なる主ぞや。」王丹對えて曰く、「王は賢主なり。臣聞く、古人に天下を辭して恨める色無き者有り、と。臣、其の聲を聞き、王に於て其の實を見る。王、名は東帝と稱し、實に天下を辨む。國を去り衛に居り、容貌充滿し、顏色發揚し、國を重んずるの意無し。」王曰く、「甚だ善し。丹は寡人を知る。寡人國を去り衛に居りて自り、帶、三副を益す。」
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『新序』雜事第五遂に以て自ら賢とし、驕盈して止まず。閔王亡げて衞に走る。衞君宮を避けて之を舍らしめ、臣と稱して供具す。閔王遜らず。衞人之を侵す。閔王去りて鄒・魯に走る。驕色有り。鄒・魯納れず。遂に莒に走る。楚淖齒をして兵を將いて齊を救わしむ。因りて閔王に相たり。淖齒閔王の筋を擢きて、之を廟梁に懸け、宿昔にして之を殺し、燕と共に齊の地を分かつ。悲しいかな、閔公は大齊の國に臨み、地は方數千里。然り而して兵は諸侯に敗れ、地は燕昭に奪われ、宗廟喪亡し、社稷祀られず、宮室空虛にして、身は亡げ逃竄すること徒隸よりも甚だし。尚お亡ぶる所以を知らず。甚だ痛む可きなり。猶お自ら以て賢と爲す。豈に哀しからずや。公玉丹は徒隸の中にして、之を道くに謟佞を以てす。甚だしいかな。閔王覺らず、追いて之を善しとし、辱を以て榮と爲し、憂いを以て樂と爲す。其の亡ぶること晩し。而して卒に殺さる。
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呂氏春秋・正名②凡そ亂なる者は、刑名當らざるなり。人主不肖なりと雖も、猶若ほ賢を用い、猶若ほ善を聽き、猶若ほ可を為さんとする者、其の患いは賢と謂い、不肖に従う所、善と為い、邪辟に從う所、可と謂い、悖逆に従う所に在り。是れ刑名充を異にして、聲實異なるの謂なり。夫れ不肖を賢とし、邪辟を善とし、悖逆を可とせば、國亂れず、身危うからざること、奚ぞ待たん。齊の湣王、是を以て士を説ぶことを知りて、而も所謂士を知らざるなり。故に尹文、其の故を問いて、王以て應うる無し。此れ公玉丹の信ぜられし所以にして、卓齒の任ぜられし所以なり。卓齒に任じて公玉丹を信ずるは、豈に以て自ら讎するに非ずや。
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呂氏春秋・審己⑤越王授に子四人有り。越王の弟を豫と曰う。盡く之を殺して、之が後と為らんと欲す。其の三人を惡りて之を殺す。國人說ばず、大いに上を非る。又其の一人を惡りて之を殺さんと欲す。越王未だ之を聽かず。其の子必ず死せんことを恐れ、國人の豫を逐わんと欲するに因りて、王宮を圍む。越王太息して曰く、「余、豫の言を聽かずして、以て此の難に罹れり。」亦た亡ぶる所以を知らざるなり。
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説苑・敬慎魯の哀侯国を棄てて斉に走る。斉侯曰わく、「君何ぞ年の少くして国を棄つるの蚤きや」と。魯の哀侯曰わく、「臣始め太子為りし時、人多く臣を諫めしも、臣受けて用いざりき。人多く臣を愛せしも、臣愛して近づけざりき。是れ則ち内に聞く無くして外に輔け無し。是れ猶お秋蓬のごとし、根本に悪しくして枝葉に美し。秋風一たび起これば、根且に抜けんとす」と。

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