新序 / 雜事第三
先王命臣曰:『我有積怨深怒於齊,不量輕弱,欲以齊為事。』臣對曰:『夫齊者霸王之餘業,戰勝之遺事,閑於兵革,習於戰攻,王若欲攻之,必與天下圖之,圖之莫若徑結趙,且淮北宋地,楚、魏之願也。趙若許,約楚、魏盡力,四國攻之,齊可大破也。』王曰:『善。』臣乃受命具符節南使趙,顧反,起兵攻齊。以天之道,先王之靈,河北之地,隨先王而舉之,濟上之兵,受命而勝之,輕卒鋭兵,長驅至齊,齊王遁逃走莒,僅以身免,珠玉貨寶,車甲珍器,皆收入燕。大吕陳於元英,故鼎反於厯室,齊器設於寧臺,薊丘之植,植於汶篁。五伯以來,功業之盛,未有及先王者。
新字:先王命臣曰:『我有積怨深怒於斉,不量軽弱,欲以斉為事。』臣対曰:『夫斉者覇王之余業,戦勝之遺事,閑於兵革,習於戦攻,王若欲攻之,必与天下図之,図之莫若径結趙,且淮北宋地,楚、魏之願也。趙若許,約楚、魏尽力,四国攻之,斉可大破也。』王曰:『善。』臣乃受命具符節南使趙,顧反,起兵攻斉。以天之道,先王之霊,河北之地,随先王而舉之,済上之兵,受命而勝之,軽卒鋭兵,長駆至斉,斉王遁逃走莒,僅以身免,珠玉貨宝,車甲珍器,皆収入燕。大呂陳於元英,故鼎反於歴室,斉器設於寧台,薊丘之植,植於汶篁。五伯以来,功業之盛,未有及先王者。
書き下し
先王臣に命じて曰く、我齊に積怨深怒有り。輕弱を量らず、齊を以て事と爲さんと欲す、と。臣對えて曰く、夫れ齊は霸王の餘業、戰勝の遺事なり。兵革に閑い、戰攻に習う。王若し之を攻めんと欲さば、必ず天下と之を圖れ。之を圖るは徑ちに趙と結ぶに若くは莫し。且つ淮北・宋の地は、楚・魏の願う所なり。趙若し許さば、楚・魏と約して力を盡くさん。四國之を攻めば、齊大いに破る可きなり、と。王曰く、善し、と。臣乃ち命を受け符節を具えて南のかた趙に使いす。顧り反りて、兵を起こして齊を攻む。天の道、先王の靈を以て、河北の地は、先王に隨いて之を舉げ、濟上の兵は、命を受けて之に勝つ。輕卒鋭兵、長驅して齊に至る。齊王遁逃して莒に走り、僅かに身を以て免る。珠玉貨寶、車甲珍器、皆な收めて燕に入る。大呂は元英に陳ね、故鼎は歷室に反り、齊器は寧臺に設け、薊丘の植は、汶篁に植う。五伯以來、功業の盛んなること、未だ先王に及ぶ者有らず。
現代語訳
「先王は臣に命じて言われました。『私は斉に積もる怨みと深い怒りがある。自国の軽さ弱さを量らずに、斉を討つことを事としたい』。臣は答えました。『そもそも斉は覇王の遺した事業を持ち、戦勝の遺産を持つ国です。武器に慣れ、攻め戦に習熟しています。王がもしこれを攻めようとされるなら、必ず天下とともに図ってください。図るには、まっすぐ趙と結ぶのに越したことはありません。そのうえ淮北と宋の地は、楚と魏が望むところです。趙が承知すれば、楚・魏と約束して力を尽くさせましょう。四国でこれを攻めれば、斉を大いに破ることができます』。王は言われました。『よろしい』。臣は命を受け割符を整えて、南へ趙に使いしました。帰ってから、兵を起こして斉を攻めました。天の道と先王の御霊により、河北の地は先王に従って攻め取り、済水のほとりの兵は命を受けてこれに勝ちました。軽装の精鋭が長駆して斉に至り、斉王は逃げ去って莒へ走り、かろうじて身一つで免れました。珠玉や財宝、車や甲冑、珍しい器は、みな収めて燕に入れました。大呂の鐘は元英殿に並べ、もとの鼎は歴室に返し、斉の器は寧台に据え、薊丘の植木は汶水の竹林に植えました。五人の覇者以来、功業の盛んなことで、先王に及ぶ者はありません」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』非攻下今、夫の師なる者の相い不利を為す者や、曰く、將、勇ならず、士、分たず、兵、利からず、教、習わず、師、衆からず、卒、和せず、威、圉がず、之を害すること久しからず、之を争うこと疾からず、之に孫うこと强からず、心を植うること堅からず、與國の諸侯、疑う。與國の諸侯、疑えば、則ち敵、慮を生じて意、嬴らん。
-
『墨子』雜守子墨子曰く、凡そ守らざる者に五有り。城大にして人少なきは、一の守らざるなり。城小にして人衆きは、二の守らざるなり。人衆くして食寡なきは、三の守らざるなり。市、城を去ること逺きは、四の守らざるなり。畜積、外に在り、富人、虚に在るは、五の守らざるなり。萬家を率いて城、方三里。
-
『墨子』經說上故。小故は、之れ有るも必ずしも然らず、之れ無ければ必ず然らず。體なり、端有るが若し。大故は、之れ有れば必ず然ること無し、之を見て見を成すが若し。體は、二の一、尺の端の若きなり。知材。知なる者は、知る所以なり。而して必ず知る、眀の若し。慮。慮なる者は、其の知を以て求むる有るなり。而して必ずしも之を得ず、睨るが若し。知。知なる者は、其の知を以て物に過り、而して能く之を貌るなり。見るが若し。恕。恕なる者は、其の知を以て物を論じ、而して其の之を知るや著し。眀の若し。仁。己を愛するは、己を用うるが為に非ず、愛の焉に著しきに若かず。眀の若し。義。志、天下を以て芬と為し、而して能く之を利す。必ずしも用いられず。禮。貴き者は公とし、賤しき者は名とす。而して倶に敬僈有り、等しくして論を異にするなり。行。為す所、名を善くせざるは行なり。為す所、名を善くするは巧なり、盜を為すが若し。
-
『墨子』備城門凡そ圍城を守るの法、厚くして以て髙く、壕や深くして以て廣く、樓撕・揗守の備え、繕い利し。薪食は以て三月以上に交うるに足り、人衆は以て選び、吏尺は和し、大臣の上に功勞有る者は多く、主は信にして義を以てし、萬民、之を樂しむこと窮まり無し。然らずんば、父母の墳墓、焉に在り。然らずんば、山林草澤の饒、利するに足る。然らずんば、地形の攻め難くして守り易きなり。然らずんば、則ち敵に深き怨み有りて上に大功有り。然らずんば、則ち賞、眀らかにして信ず可く、罰、嚴にして畏るるに足るなり。
-
『墨子』魯問子墨子、公尚過を越に游ばしむ。公尚過、越王に説く。越王、大いに説び、公尚過に謂いて曰く、「先生、茍くも能く子墨子をして越に於いて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子墨子に封ぜん」と。公尚過、許諾す。遂に公尚過の為に車五十乗を束ね、以て子墨子を魯に迎えて曰く、「吾れ夫子の道を以て越王に説く。越王、大いに悦びて過に謂いて曰く、『茍くも能く子墨子をして越に至りて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子を封ぜん』と」。子墨子、公尚過に謂いて曰く、「子、越王の志を觀るに何若。意うに越王、将に吾が言を聴き、吾が道を用いんとせば、則ち翟、将に往かんとす。腹を量りて食い、身を度りて衣し、自ら羣臣に比せん。奚んぞ能く封を以て為さんや。抑そも越、吾が言を聴かず、吾が道を用いずして、我れ往かば、則ち是れ我れ義を以て糶るなり。之を糶るに鈞しくんば、亦た中國に於いてするのみ。何ぞ必ずしも越に於いてせんや」と。
-
『墨子』七患今、其の子を負いて汲む者有り、其の子を井中に隊とせば、其の母は必ず従いて之を拯わん。今、嵗凶に、民饑え、道に餓うるは、此の疚み、子を隊とすより重し。其れ察する無かる可けんや。故に時年、嵗善ければ、則ち民は仁にして且つ良し。時年、嵗凶なれば、則ち民は吝にして且つ惡し。夫れ民に何の常か之れ有らん。為す者寡く、食らう者衆ければ、則ち嵗に豐なること無し。故に曰く、「財足らざれば則ち之を時に反り、食足らざれば則ち之を用に反る」と。故に先民は時を以て財を生じ、本を固くして財を用う、則ち財足る。故に上世の聖王と雖も、豈に能く五榖をして常に收まらしめて、旱水をして至らざらしめんや。然れども凍餓の民無き者は、何ぞや。其の力むること時に急にして、自ら養うこと儉なればなり。故に夏書に曰く「禹に七年の水あり」、殷書に曰く「湯に五年の旱あり」と。此れ其の凶餓に離るること甚し。然れども民の凍餓せざる者は、何ぞや。其の財を生ずること密にして、其の之を用うること節なればなり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る