新序 / 雜事第五
晉平公問於叔向曰:「國家之患,孰為大?」對曰:「大臣重禄而不極諫,近臣畏罰而不敢言,下情不上通,此患之大者也。」公曰:「善。」於是令國曰:「欲進善言,謁者不通,罪當死。」
新字:晋平公問於叔向曰:「国家之患,孰為大?」対曰:「大臣重禄而不極諫,近臣畏罰而不敢言,下情不上通,此患之大者也。」公曰:「善。」於是令国曰:「欲進善言,謁者不通,罪当死。」
書き下し
晉の平公叔向に問いて曰く、國家の患い、孰れをか大と爲す、と。對えて曰く、大臣は祿を重んじて極諫せず、近臣は罰を畏れて敢えて言わず、下情上に通ぜず。此れ患いの大なる者なり、と。公曰く、善し、と。是に於いて國に令して曰く、善言を進めんと欲するに、謁者通ぜずんば、罪死に當たる、と。
現代語訳
晋の平公が叔向に問うた。「国家の患いで、どれが大きいか」。答えた。「大臣は俸禄を惜しんで言い尽くして諫めず、側近は罰を恐れてあえて言わず、下の実情が上に通じない。これが患いの大きなものです」。公は言った。「もっともだ」。そこで国に令を出して言った。「よい言葉を差し出そうとするのに、取次役が取り次がなければ、罪は死に当たる」。
解説
八十五字の短い章ですが、二つの立場が別々の理由で黙る仕組みを示しています。大臣は俸禄を惜しんで言い尽くして諫めず、側近は罰を恐れてあえて言わず。失うものがある者は保身で黙り、近い者は恐れで黙る。誰も悪意で隠していません。それでも結果は同じでした。下の実情が上に通じない。そして出された令が、上ではなく取次役に向いているのが目を引きます。取次役が取り次がなければ、罪は死に当たる。
この章句が説くこと
国家の患い孰れをか大と為す大臣は禄を重んじて極諫せず近臣は罰を畏れて敢えて言わず下情上に通ぜず此れ患いの大なる者なり善言を進めんと欲するに謁者通ぜずんば罪死に当たる情報沈黙
関連する章句
-
『夜船閑話』本文此時人に尋ねて路頭を指すことを用ひず。只要す、尋常言語を省略して、爾の元気を長養せんことを。是故に云ふ、目力を養ふ者は常に瞑し、耳根を養ふ者は常に飽き、心気を養ふ者は常に黙すと。
-
『墨子』非儒下又た曰く、「吾子は鐘の若し。之を擊てば則ち鳴り、擊たざれば鳴らず」と。之に應じて曰く、夫れ仁人は上に事うるに忠を竭くし、親に事うるに孝を得、善を務むれば則ち美とし、過ち有れば則ち諫む。此れ人臣の道たり。今、之を擊てば則ち鳴り、擊たざれば鳴らずとは、知を隠し力を豫し、恬漠として問を待ちて後に對うるなり。君親の大利有りと雖も、問わざれば言わず。若し将に大寇亂有り、盜賊、将に作らんとし、機辟の将に發せんとするがごとくにして、他人は知らず、己れ獨り之を知るも、其の君親、皆な在りと雖も、問わざれば言わず。是れ夫れ大亂の賊なり。是を以て人臣と為れば不忠、子と為れば不孝、兄に事うれば不弟、人に交遇すれば不貞良なり。夫れ後れて言わざるの朝を執り、物、利を見て使わるるも、已に後れて言わんことを恐ると雖も、君、若し言いて未だ利有らざれば、則ち髙く拱きて下を視、噎を㑹して深しと為し、曰く、「惟だ其れ未だ之を學ばざるなり」と。誰か急を用いんに、行を遺すこと逺し。
-
『配所残筆』配所殘筆(33)拙者儀者保科公へ不奉懸御目候間不奉存候由申上候得者。其方存寄はいかゝと被仰候故。不奉得尊意風聞迄にて。申上候事は必相違多御座候者に候間。難申上奉存候由申上候へ共。達而御尋被成候故私申上候は。風聞迄に而申上候はゞ。御學問之筋乍慮外私共存候とは御相違御座候樣に奉存候由申上候得者。被仰候には。此方も左樣に被思召候との御事に御座候。次に京都之所司代者誰を差候哉と被仰候故。拙者は不承候由申上候へば。石谷市右衞門殿永井伊賀守殿を指候由御申候。私申上候者。永井公者御年若に被成御座候旨申上候へば。被仰候者。年之老若には寄申間敷候。營量次第の事にて可有之由被仰候。次に世間如何樣に風聞候哉を御尋被成候間。私申上候者。世上之風聞一圓不承候。風聞者指而益も無御座御事かと申上候者。御歴々樣方にさへ賢人君子は少く御座候。然者下々には能者は大方無御座候。若能者御座候へ者。風聞など申候事も御座候間敷。有風聞者大方御大名衆へ御出入仕候輕町人風情世上に賢き者之申候事に御座候と申上候得ば。其世上に賢き者申候事にて能候由被仰候間。私申上候者。乍恐左樣の者不奉存候。世間にかしこき者は御時代之勢ひを能務申候間。上々樣の能々思召候者を能く申。御にくみ被成候者をば惡申候。少も委申候者をばさゝへ候而。我身之立候樣に取廻し候。人之事も能樣に申候而。實者そしり惡申候。如斯者の申候御事御許容被遊候御事は大事の儀に奉存候由申上候得者。古より堯舜も賤き者に事を尋られしと有之と被仰候故。私申上候者。
-
史記 淮陰侯列伝後九月、代の兵を破り、夏説を閼与に禽にす。信の魏を下し代を破るや、漢輒ち人をして其の精兵を収めしめ、滎陽に詣りて以て楚を距がしむ。信張耳と兵数万を以て、東のかた井陘を下りて趙を撃たんと欲す。趙王・成安君陳余漢の且に之を襲はんとするを聞き、兵を井陘口に聚め、二十万と号す。広武君李左車成安君に説きて曰く、「聞く漢将韓信西河を渉り、魏王を虜にし、夏説を禽にし、新たに閼与に喋血し、今乃ち輔くるに張耳を以てし、議して趙を下さんと欲すと。此れ勝に乗じて国を去ること遠く闘ふ。其の鋒当たるべからず。臣聞く、千里糧を餽れば、士に飢色有り、樵蘇して後に爨げば、師宿飽せずと。今井陘の道は、車方軌するを得ず、騎列を成すを得ず、行くこと数百里、其の勢ひ糧食必ず其の後に在り。願はくは足下臣に奇兵三万人を仮せ。間道より其の輜重を絶たん。足下は溝を深くし塁を高くし、営を堅くして与に戦ふ勿かれ。彼前むも闘ふを得ず、退くも還るを得ず、吾が奇兵其の後を絶ち、野をして掠むる所無からしめば、十日に至らずして、両将の頭戯下に致すべし。願はくは君臣の計に留意せよ。否ずんば、必ず二子の禽とする所と為らん」と。成安君は儒者なり。常に義兵は詐謀奇計を用ゐずと称し、曰く、「吾聞く兵法に十なれば則ち之を囲み、倍なれば則ち戦ふと。今韓信の兵数万と号するも、其の実は数千に過ぎず。能く千里にして我を襲ふも、亦已に罷極せり。今此くの如くして避けて撃たずんば、後に大なる者有らば、何を以て之に加へん。則ち諸侯吾を怯と謂ひて、軽んじて来りて我を伐たん」と。広武君の策を聴かず。広武君の策用ゐられず。韓信人をして間視せしめ、其の用ゐられざるを知りて還報すれば、則ち大いに喜び、乃ち敢へて兵を引きて遂に下る。未だ井陘口に至らざること三十里にして、止まりて舎す。
-
『墨子』親士是の故に其の難き所を為す者は、必ず其の欲する所を得ん。未だ其の欲する所を為して、其の惡む所を免るる者を聞かざるなり。是の故に偪臣は君を傷り、諂下は上を傷る。君には必ず弗弗の臣有り、上には必ず詻詻の下有り。分議する者は延延たり、而して支輔する者は詻詻たり、焉ち以て長く生きて國を保つ可し。臣下、其の爵位を重んじて言わず、近臣は則ち喑く、逺臣は則ち唫し、怨み民心に結び、諂䛕、側に在り、善議、障塞せらるれば、則ち國危うし。桀紂は其れ天下の士無きを以てせざるか。其の身を殺して天下を喪う。故に曰く、「國の寳を歸すは、賢を獻じて士を進むるに若かず」と。
-
言志四録・言志耋録 第二百五十二条 人臣も上情に通ずべし人君為る者は、宜しく下情に通ずべきこと、固よりなり。人臣為る者も、亦宜しく上情に通ずべし。不ずんば則ち諫諍的ならず。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る