新序 / 雜事第五
孔子侍坐於季孫,季孫之宰通曰:「君使人假馬,其與之乎?」孔子曰:「吾聞取於臣謂之取,不曰假。」季孫悟,告宰曰:「自今以來,君有取謂之取,無曰假。」故孔子正假馬之名,而君臣之義定矣。論語曰:「必也正名。」詩曰:「無易由言,無曰苟矣。」可不慎乎?
新字:孔子侍坐於季孫,季孫之宰通曰:「君使人仮馬,其与之乎?」孔子曰:「吾聞取於臣謂之取,不曰仮。」季孫悟,告宰曰:「自今以来,君有取謂之取,無曰仮。」故孔子正仮馬之名,而君臣之義定矣。論語曰:「必也正名。」詩曰:「無易由言,無曰苟矣。」可不慎乎?
書き下し
孔子季孫に侍坐す。季孫の宰通じて曰く、君人をして馬を假らしむ。其れ之を與えんか、と。孔子曰く、吾聞く、臣に取るを之れ取ると謂う。假と曰わず、と。季孫悟り、宰に吿げて曰く、今より以來、君取る有らば之を取ると謂え。假と曰う無かれ、と。故に孔子假馬の名を正して、君臣の義定まれり。論語に曰く、必ずや名を正さんか、と。詩に曰く、由りて言うを易うる無かれ、苟くもすと曰う無かれ、と。慎まざる可けんや。
現代語訳
孔子が季孫のそばに座っていた。季孫の家宰が取り次いで言った。「君が人をよこして馬を借りたいと言っております。これを差し上げますか」。孔子は言った。「私はこう聞いている、臣から取るのはこれを取るというのだ。借りるとは言わない」。季孫は悟り、家宰に告げて言った。「今から後は、君が取ることがあればこれを取ると言え。借りると言うな」。だから孔子が「馬を借りる」という言い方を正して、君臣の義が定まった。『論語』に「必ずや名を正そう」とある。『詩経』に「軽々しく言葉を変えるな、いいかげんに言うな」とある。慎まないでいられようか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』昭公元年 言を以て物を知る三月、甲辰、盟ふ。楚の公子圍服を設け衛を離ぬ。叔孫穆子曰く、「楚の公子美なり、君なるかな」と。鄭の子皮曰く、「二執戈の者前めり」と。蔡の子家曰く、「蒲宮に前有り、亦た可ならずや」と。楚の伯州犁曰く、「此の行や、辭して之を寡君に假れり」と。鄭の行人揮曰く、「假りて反さざらん」と。伯州犁曰く、「子姑く子皙の背誕せんと欲するを憂へよ」と。子羽曰く、「當璧猶ほ在り。假りて反さずとも、子其れ憂ひ無からんや」と。齊の國子曰く、「吾二子に代りて愍ふ」と。陳の公子招曰く、「憂へずんば何ぞ成らん。二子樂しめり」と。衛の齊子曰く、「苟くも或いは之を知らば、憂ふと雖も何ぞ害あらん」と。宋の合左師曰く、「大國令し、小國共す。吾共するを知るのみ」と。晉の樂王鮒曰く、「小旻の卒章善し。吾之に從はん」と。會より退く。子羽子皮に謂ひて曰く、「叔孫は絞にして婉、宋の左師は簡にして禮、樂王鮒は字しみて敬す。子と子家とは之を持す。皆保世の主なり。齊・衛・陳の大夫は、其れ免れざらんか。國子は人に代りて憂ひ、子招は憂ひを樂しみ、齊子は憂ふと雖も害せずとす。夫れ及ばずして憂ふると、憂ふべくして樂しむと、憂へて害せずとするとは、皆憂ひを取るの道なり。憂ひ必ず之に及ばん。大誓に曰く、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。三大夫憂ひを兆す、能く至ること無からんや。言以て物を知るとは、其れ是の謂なり」と。
-
言志四録・言志晩録 第二百六十六条 老人は尤も言を慎むべし老人の話は多く信を取る。尤も宜しく言を慎むべし。
-
『玉勝間』六の巻 大名白川顕広の王の記の、安元三年四月のところに、諸国の大名、国役に応ぜずと有り。大名と云う名、その頃も有りけん。
-
『酔古堂剣掃』集法・怒る時の言は多く體を失ふ喜ぶ時の言は多く信を失ひ、怒る時の言は多く體を失ふ。
-
『酔古堂剣掃』集醒・口を開けば雌黃月旦の言を生ず口を開けば輒ち雌黃・月旦の言を生ず、吾れ微言の將に絕えんとするを恐る。 筆を捉れば便ち繽紛綺麗の飾に驚く、當に是れ妙處傳はらざるべし。
-
『慎思録』巻之四言は心の声なり。外に発して聞くべし。心は身の主なり。中に在りて見るべからず。故に人に接する時、人は唯だ吾が言を聞きて、吾が心を見ず。然らば則ち外に発する者は、只だ言のみ。言豈に慎まざるべけんや。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る