鬼谷子 / 権篇
古人有言曰:口可以食、不可以言。言者、有諱忌。衆口爍金、言有曲故也。
書き下し
古人に言有りて曰く、口は以て食らうべきも、以て言うべからず、と。言には、諱忌有り。衆口は金を爍かす。言に曲故有ればなり。
現代語訳
昔の人の言葉にこうある。口は食べるためには使えるが、語るためには使えない、と。言葉には、避けるべきこと、忌むべきことがある。多くの人の口は金属さえも溶かす。言葉には曲げられる理由があるからだ。
解説
「衆口は金を爍かす」——多くの人の口は金属さえ溶かす。噂の破壊力を言った有名な句です。理由も述べられています。「言に曲故有ればなり」——言葉には曲げられる理由がある。人が伝えるとき、意図の有無にかかわらず、必ず曲がる。だから口は食べるためには使えても語るためには使えない、という極端な言い方になる。組織の中で情報が三人を経ると別物になるのは、誰かが悪意で曲げたからとはかぎりません。曲がるのが言葉の性質です。重要なことを伝言に乗せない、というだけの実務的な帰結が出てきます。
この章句が説くこと
衆口は金を爍かす言に曲故有り口は以て言うべからず言葉警戒コミュニケーション
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