新序 / 雜事第五
趙襄子問於王子維曰:「吳之所以亡者,何也?」對曰:「吳君𠫤而不忍。」襄子曰:「冝哉吳之亡也。𠫤則不能賞賢,不忍則不能罰姦。賢者不賞,有罪不能罰,不亡何待?」
新字:趙襄子問於王子維曰:「呉之所以亡者,何也?」対曰:「呉君𠫤而不忍。」襄子曰:「冝哉呉之亡也。𠫤則不能賞賢,不忍則不能罰姦。賢者不賞,有罪不能罰,不亡何待?」
書き下し
趙襄子王子維に問いて曰く、吳の亡ぶる所以の者は、何ぞや、と。對えて曰く、吳君は吝にして忍びざればなり、と。襄子曰く、宜なるかな吳の亡ぶるや。吝なれば則ち賢を賞する能わず、忍びざれば則ち姦を罰する能わず。賢者賞せられず、罪有るも罰する能わずんば、亡びずして何をか待たん、と。
現代語訳
趙襄子が王子維に問うた。「呉が滅んだのはなぜか」。答えた。「呉の君は吝嗇で、そのうえ非情になれなかったからです」。襄子は言った。「もっともだな、呉が滅んだのは。吝嗇であれば賢者を賞することができず、非情になれなければ姦悪な者を罰することができない。賢者が賞されず、罪があっても罰することができなければ、滅びずして何を待とうか」。
解説
七十八字で、賞と罰が同時に止まる仕組みが示されています。挙げられた欠点は二つとも、それ自体は正反対に見えます。惜しむ性質と、情け深い性質。吝嗇で、そのうえ非情になれなかった。ところが結果は同じ方向に効きました。吝嗇であれば賢者を賞することができず、非情になれなければ姦悪な者を罰することができない。出すべきものを出さず、切るべきものを切らない。人が動く理由が両方とも消えます。
この章句が説くこと
呉の亡ぶる所以の者は何ぞや吳の亡ぶる所以の者は何ぞや吳君は吝にして忍びざればなり呉君は吝にして忍びざればなり吝なれば則ち賢を賞する能わず忍びざれば則ち姦を罰する能わず賢者賞せられず罪有るも罰する能わずんば亡びずして何をか待たん
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