新序 / 雜事第五
魏文侯問李克曰:「吳之所以亡者,何也?」李克對曰:「數戰數勝。」文侯曰:「數戰數勝,國之福也,其所以亡,何也?」李克曰:「數戰則民疲,數勝則主驕。以驕主治疲民,此其所以亡也。」是故好戰窮兵,未有不亡者也。
新字:魏文侯問李克曰:「吳之所以亡者,何也?」李克対曰:「数戦数勝。」文侯曰:「数戦数勝,国之福也,其所以亡,何也?」李克曰:「数戦則民疲,数勝則主驕。以驕主治疲民,此其所以亡也。」是故好戦窮兵,未有不亡者也。
書き下し
魏の文侯李克に問いて曰く、吳の亡ぶる所以の者は、何ぞや、と。李克對えて曰く、數ミ戰いて數ミ勝てばなり、と。文侯曰く、數ミ戰いて數ミ勝つは、國の福なり。其の亡ぶる所以は、何ぞや、と。李克曰く、數ミ戰えば則ち民疲れ、數ミ勝てば則ち主驕る。驕主を以て疲民を治む。此れ其の亡ぶる所以なり、と。是の故に戰いを好み兵を窮むるは、未だ亡びざる者有らざるなり。
現代語訳
魏の文侯が李克に問うた。「呉が滅んだのはなぜか」。李克は答えた。「たびたび戦って、たびたび勝ったからです」。文侯は言った。「たびたび戦ってたびたび勝つのは、国の福である。それが滅んだ理由とは、どういうことか」。李克は言った。「たびたび戦えば民が疲れ、たびたび勝てば主が驕ります。驕った主で疲れた民を治める。これが滅んだゆえんです」。だから戦いを好み兵を使い尽くして、滅びなかった者はいない。
解説
百字ほどの短い問答です。滅んだ理由を勝利に求めたので、聞き返されました。たびたび戦ってたびたび勝つのは、国の福である。答えは、勝利が二つの方向に別々に効くことを示します。下には疲れが積もり、上には驕りが積もる。驕った主で疲れた民を治める。そして、その二つが同時に進むところが恐ろしい。勝ち続けているあいだは、どちらも見えません。
この章句が説くこと
吳の亡ぶる所以の者は何ぞや数ミ戦いて数ミ勝てばなり数ミ戦えば則ち民疲れ数ミ勝てば則ち主驕る驕主を以て疲民を治む此れ其の亡ぶる所以なり勝利疲弊
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