宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
公曰晉髙祖欺天叛君而求助於北末帝昏亂神人棄之是時中國狹小上下離叛故契丹全師獨克雖敵獲金帛充牣諸臣之家而壯士徤馬物故大半此誰任其禍者今中國提封萬里所在精兵以百萬計法令修明上下一心北朝欲用兵能保其必勝乎曰不能
新字:公曰晉高祖欺天叛君而求助於北末帝昏乱神人棄之是時中国狭小上下離叛故契丹全師独克雖敵獲金帛充牣諸臣之家而壮士徤馬物故大半此誰任其禍者今中国提封万里所在精兵以百万計法令修明上下一心北朝欲用兵能保其必勝乎曰不能
書き下し
公曰く、晉の高祖は天を欺き君に叛きて、助けを北に求む。末帝は昏亂にして、神人之を棄つ。是の時中國は狹小にして上下離叛す。故に契丹全師にして獨り克てり。敵は金帛を獲て諸臣の家に充牣すと雖も、而れども壯士健馬は物故すること大半なり。此れ誰か其の禍を任ずる者ぞ。今中國は提封萬里、在る所の精兵は百萬を以て計う。法令修明にして上下心を一にす。北朝兵を用いんと欲するも、能く其の必勝を保たんかと。曰く、能わずと。
現代語訳
富弼は言った。「晋の高祖は天を欺き君に叛いて、北に助けを求めました。末帝は暗愚で乱れ、神も人もこれを棄てました。このとき中国は狭く小さく、上下が離れ叛いていた。だから契丹は全軍のままで独り勝ちできたのです。そのとき敵は金や絹を獲て、諸臣の家に満ちあふれましたが、しかし壮健な兵士と丈夫な馬は、その大半が死にました。これは誰がその災いを引き受けたのですか。いま中国は領域が万里に及び、各地の精兵は百万を数えます。法令は整い明らかで、上下は心を一つにしています。北朝が兵を用いたとして、必ず勝つと保証できますか」。北の主は言った。「できない」。
解説
前の一撃を、実例で裏づける段です。契丹にとって最良の記憶である過去の大勝を、まず認めています。**契丹は全軍のままで独り勝ちできたのです。**そのうえで、勝利の中身を持ち主別に分けました。**金や絹は諸臣の家に満ちあふれましたが、壮健な兵士と丈夫な馬は、その大半が死にました。これは誰がその災いを引き受けたのですか。**得をした側と払った側が違う。そして条件が当時と違うことを並べ、最後に短く問いました。**必ず勝つと保証できますか。****できない。**
この章句が説くこと
是の時中国は狭小にして上下離叛す故に契丹全師にして独り克てり敵は金帛を獲て諸臣の家に充牣すと雖も而れども壮士健馬は物故すること大半なり此れ誰か其の禍を任ずる者ぞ北朝兵を用いんと欲するも能く其の必勝を保たんか勝利代価
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