新序 / 雜事第五
顔淵侍魯定公于臺,東野畢御馬于臺下。定公曰:「善哉!東野畢之御。」顔淵曰:「善則善矣,雖然,其馬將失。」定公不悦,以告左右曰:「吾聞之,君子不讒人,君子亦讒人乎?」顔淵不悦,歴階而去。須臾馬敗聞矣,定公躐席而起曰:「趨駕請顔淵。」顔淵至,定公曰:「向寡人曰:『善哉,東野畢御也。』吾子曰:『善則善矣,雖然,其馬將失矣。』不識君子何以知之也?」顔淵曰:「臣以政知之。昔者,舜工於使人,造父工於使馬。舜不窮於其民,造父不盡其馬,是以舜無失民,造父無失馬。今東野畢之御也,上車執轡,御體正矣,周旋步驟;朝禮畢矣,歴險致逺,而馬力殫矣,然求不已,是以知其失也。」定公曰:「善,可少進與?」顔淵曰:「獸窮則觸,鳥窮則喙,人窮則詐。自古及今,有窮其下能無危者,未之有也。詩曰:『執轡如組,兩驂如舞。』善御之謂也。」定公曰:「善哉!寡人之過也。」
新字:顔淵侍魯定公于台,東野畢御馬于台下。定公曰:「善哉!東野畢之御。」顔淵曰:「善則善矣,雖然,其馬将失。」定公不悦,以告左右曰:「吾聞之,君子不讒人,君子亦讒人乎?」顔淵不悦,歴階而去。須臾馬敗聞矣,定公躐席而起曰:「趨駕請顔淵。」顔淵至,定公曰:「向寡人曰:『善哉,東野畢御也。』吾子曰:『善則善矣,雖然,其馬将失矣。』不識君子何以知之也?」顔淵曰:「臣以政知之。昔者,舜工於使人,造父工於使馬。舜不窮於其民,造父不尽其馬,是以舜無失民,造父無失馬。今東野畢之御也,上車執轡,御体正矣,周旋歩驟;朝礼畢矣,歴険致遠,而馬力殫矣,然求不已,是以知其失也。」定公曰:「善,可少進与?」顔淵曰:「獣窮則触,鳥窮則喙,人窮則詐。自古及今,有窮其下能無危者,未之有也。詩曰:『執轡如組,両驂如舞。』善御之謂也。」定公曰:「善哉!寡人之過也。」
書き下し
顏淵魯の定公に臺に侍す。東野畢馬を臺下に御す。定公曰く、善いかな、東野畢の御や、と。顏淵曰く、善きは則ち善し。然りと雖も、其の馬將に失せんとす、と。定公悦ばず、以て左右に吿げて曰く、吾之を聞く、君子は人を讒せずと。君子も亦た人を讒するか、と。顏淵悦ばず、階を歷て去る。須臾にして馬敗るると聞こゆ。定公席を躐えて起ちて曰く、趨り駕して顏淵を請え、と。顏淵至る。定公曰く、向に寡人曰く、善いかな、東野畢の御や、と。吾子曰く、善きは則ち善し。然りと雖も、其の馬將に失せんとす、と。識らず、君子何を以て之を知るや、と。顏淵曰く、臣は政を以て之を知る。昔者、舜は人を使うに工みに、造父は馬を使うに工みなり。舜は其の民を窮めず、造父は其の馬を盡くさず。是を以て舜に失民無く、造父に失馬無し。今東野畢の御や、車に上り轡を執り、御體正し。周旋步驟、朝禮畢われり。險を歷て遠きを致し、而して馬力殫きたり。然れども求めて已まず。是を以て其の失するを知るなり、と。定公曰く、善し。少しく進む可きか、と。顏淵曰く、獸窮すれば則ち觸れ、鳥窮すれば則ち喙み、人窮すれば則ち詐る。古より今に及ぶまで、其の下を窮めて能く危うき無き者は、未だ之れ有らざるなり。詩に曰く、轡を執ること組の如く、兩驂舞うが如し、と。善く御するの謂いなり、と。定公曰く、善いかな、寡人の過ちなり、と。
現代語訳
顔淵が魯の定公に台上で侍っていた。東野畢が台の下で馬を御していた。定公は言った。「見事だな、東野畢の御し方は」。顔淵は言った。「見事なことは見事です。しかしながら、その馬はまもなく倒れるでしょう」。定公は不機嫌になり、側近に告げて言った。「私はこう聞いている、君子は人を讒言しないと。君子でも人を讒言するのか」。顔淵は不機嫌になり、階を降りて去った。まもなく馬が倒れたと聞こえた。定公は席を飛び越えて立ち上がって言った。「急いで車を出して顔淵を招け」。顔淵が来た。定公は言った。「さきほど私が『見事だな、東野畢の御し方は』と言った。あなたは『見事なことは見事だが、その馬はまもなく倒れる』と言った。分からないのだが、君子はどうしてそれが分かったのか」。顔淵は言った。「臣は政によってそれを知りました。昔、舜は人を使うのが巧みで、造父は馬を使うのが巧みでした。舜はその民を窮めさせず、造父はその馬を出し切らせませんでした。だから舜に民を失うことがなく、造父に馬を失うことがなかったのです。いま東野畢の御し方は、車に上がり手綱を執り、姿勢は正しい。回り歩みも駆け足も、朝廷の礼式どおりに済んでいます。険しい道を通り遠くまで行き、馬の力は尽きています。それでも求めてやめない。だからそれが倒れると分かったのです」。定公は言った。「もっともだ。もう少し進んで聞かせてもらえるか」。顔淵は言った。「獣は窮すれば突きかかり、鳥は窮すればつつき、人は窮すれば偽ります。古から今に至るまで、その下の者を窮めさせて危うくならなかった者は、まだありません。『詩経』に『手綱を執ることは組紐のようで、両脇の馬は舞うようだ』とあります。よく御するとはこのことです」。定公は言った。「もっともだ。私の過ちであった」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荀子・哀公篇定公、顔淵に問いて曰く、子も亦た東野畢(とうやひつ)の馭(ぎょ)を善くするを聞けるか、と。顔淵対えて曰く、善は則ち善し。然りと雖も、其の馬将に失(う)せんとす、と。定公悦ばず、入りて左右に謂いて曰く、君子も固(もと)より人を讒(そし)るか、と。三日にして校人来り謁して曰く、東野畢の馬失せたり。両驂(りょうさん)は列(わか)れ、両服(りょうふく)は廄(うまや)に入る、と。定公、席を越えて起ちて曰く、趨(すみ)やかに駕して顔淵を召せ、と。顔淵至る。定公曰く、前日、寡人吾子に問いしに、吾子曰く、東野畢の馭、善は則ち善し、然りと雖も其の馬将に失せんとす、と。識らず、吾子何を以て之を知れるや、と。顔淵対えて曰く、臣、政を以て之を知る。昔者(むかし)、舜は民を使うに巧みにして、造父(ぞうほ)は馬を使うに巧みなり。舜は其の民を窮めず、造父は其の馬を窮めず。是を以て舜に失民無く、造父に失馬無し。今、東野畢の馭たるや、車に上りて轡銜(ひかん)を執れば、体正し。歩驟(ほしゅう)馳騁(ちてい)して、朝礼畢(おわ)る。険を歴(へ)て遠きに致り、馬力尽く。然るに猶お馬に求めて已(や)まず。是を以て之を知るなり、と。定公曰く、善し。少しく進むを得べきか、と。顔淵対えて曰く、臣、之を聞く。鳥窮すれば則ち啄(ついば)み、獣窮すれば則ち攫(つか)み、人窮すれば則ち詐(いつわ)る、と。古より今に及ぶまで、未だ其の下を窮めて能く危うきこと無き者は有らざるなり、と。
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孔子家語・顏回魯の定公、顏回に問いて曰わく、「子も亦た東野畢の御を善くするを聞くか。」対えて曰わく、「善なれば則ち善なり。然りと雖も、其の馬将に必ず佚せんとす。」定公色悦ばず、左右に謂いて曰わく、「君子固より人を誣うる有るなり。」顏回退く。後三日、牧来たりて之を訴えて曰わく、「東野畢の馬佚し、両驂両服を曳きて廄に入る。」公之を聞き、席を越えて起ち、駕を促して顏回を召す。回至るや、公曰わく、「前日寡人子に東野畢の御を問いしに、子曰わく、『善なれば則ち善なり、其の馬将に佚せんとす』と。識らず、吾子奚を以て之を知るや。」顏回対えて曰わく、「政を以て之を知る。昔者帝舜は民を使うに巧みに、造父は馬を使うに巧みなり。舜は其の民力を窮めず、造父は其の馬力を窮めず。是を以て舜に佚民無く、造父に佚馬無し。今東野畢の御たるや、馬に升りて轡を執れば、御体正し。歩驟馳騁すれば、朝礼畢わる。険を歴て遠きを致せば、馬力尽く。然れども猶お乃ち馬を求めて已まず。臣此を以て之を知る。」公曰わく、「善いかな、誠に吾子の言の若きなり。吾子の言、其の義大なり。願わくは少しく進めんか。」顏回曰わく、「臣之を聞く、鳥窮すれば則ち啄み、獣窮すれば則ち攫み、人窮すれば則ち詐り、馬窮すれば則ち佚すと。古自り今に及ぶまで、未だ其の下を窮めて能く危うき無き者有らざるなり。」公悦び、遂に以て孔子に告ぐ。孔子対えて曰わく、「夫れ其の顏回為る所以は、此の類なり。豈に多しとするに足らんや。」
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荘子・達生東野稷(とうやしょく)御を以て荘公に見(まみ)ゆ。進退は縄に中(あた)り、左右の旋(せん)は規に中る。荘公以て文(ぶん)も過ぎずと為し、之をして鉤(こう)百にして反らしむ。顔闔(がんこう)之に遇い、入り見て曰く、「稷の馬は将に敗れんとす」と。公密(もだ)して応ぜず。少(しばら)くして、果たして敗れて反る。公曰く、「子は何を以て之を知れるか」と。曰く、「其の馬は力竭(つ)きたり。而も猶お焉に求む。故に敗ると曰えり」と。
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