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荘子 / 達生

東野稷以御見莊公,進退中繩,左右旋中規。莊公以為文弗過也,使之鉤百而反。顏闔遇之,入見曰:「稷之馬將敗。」公密而不應。少焉,果敗而反。公曰:「子何以知之?」曰:「其馬力竭矣,而猶求焉,故曰敗。」

新字:東野稷以御見荘公,進退中繩,左右旋中規。荘公以為文弗過也,使之鉤百而反。顏闔遇之,入見曰:「稷之馬将敗。」公密而不応。少焉,果敗而反。公曰:「子何以知之?」曰:「其馬力竭矣,而猶求焉,故曰敗。」

書き下し

東野稷(とうやしょく)御を以て荘公に見(まみ)ゆ。進退は縄に中(あた)り、左右の旋(せん)は規に中る。荘公以て文(ぶん)も過ぎずと為し、之をして鉤(こう)百にして反らしむ。顔闔(がんこう)之に遇い、入り見て曰く、「稷の馬は将に敗れんとす」と。公密(もだ)して応ぜず。少(しばら)くして、果たして敗れて反る。公曰く、「子は何を以て之を知れるか」と。曰く、「其の馬は力竭(つ)きたり。而も猶お焉に求む。故に敗ると曰えり」と。

現代語訳

東野稷が、馬車の御術を見せに荘公に会った。前進も後退も墨縄のように真っ直ぐ、左右の旋回もコンパスのように正確だった。荘公は、名人と讃えられた造父でもこれ以上ではあるまいと思い、円を百回描いて戻ってくるよう命じた。顔闔が通りかかって、宮中に入って言った。「東野稷の馬は、じきに潰れます」。荘公は黙って答えなかった。しばらくして、果たして馬は潰れて帰ってきた。荘公は「なぜ分かったのか」と尋ねた。顔闔は言った。「あの馬は、もう力が尽きていました。それなのに、まだ求め続けていた。だから潰れると申したのです」と。

解説

見事な御術を見せる東野稷。しかし通りすがりの顔闔は、馬が潰れると見抜きます。理由は単純です。「もう力が尽きていたのに、まだ求め続けていた」。技術は完璧でした。動きも正確でした。ただ、馬の限界を見ていなかったのです。技が優れているほど、対象を限界まで使い切ろうとします。うまくいっているからこそ、もっと、もっとと求めてしまう。そして壊れる。人にも、自分にも、同じことが起きます。うまくいっている時こそ、限界が近い。それを見抜けるのは、技の名人ではなく、外から冷静に見ている人なのです。

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