新序 / 雜事第五
哀公問於孔子曰:「寡人聞之,東益宅不祥,信有之乎?」孔子曰:「不祥有五,而東益不與焉。夫損人而益己,身之不祥也;棄老取㓜家之不祥也;釋賢用不肖,國之不祥也;老者不教,㓜者不學,俗之不祥也;聖人伏匿,天下之不祥也。故不祥有五,而東益不與焉。詩曰:『各敬爾儀,天命不又。』未聞東益之與為命也。」
新字:哀公問於孔子曰:「寡人聞之,東益宅不祥,信有之乎?」孔子曰:「不祥有五,而東益不与焉。夫損人而益己,身之不祥也;棄老取幼家之不祥也;釈賢用不肖,国之不祥也;老者不教,幼者不学,俗之不祥也;聖人伏匿,天下之不祥也。故不祥有五,而東益不与焉。詩曰:『各敬爾儀,天命不又。』未聞東益之与為命也。」
書き下し
哀公孔子に問いて曰く、寡人之を聞く、東のかた宅を益すは不祥なり、と。信に之れ有るか、と。孔子曰く、不祥に五つ有り。而して東に益すは焉に與らず。夫れ人を損なって己を益すは、身の不祥なり。老を棄て幼を取るは、家の不祥なり。賢を釋てて不肖を用うるは、國の不祥なり。老者教えず、幼者學ばざるは、俗の不祥なり。聖人伏匿するは、天下の不祥なり。故に不祥に五つ有り。而して東に益すは焉に與らず。詩に曰く、各ミ爾の儀を敬め、天命又たせず、と。未だ東に益すの命を爲すに與るを聞かざるなり、と。
現代語訳
哀公が孔子に問うた。「私はこう聞いている、東の方角に家を広げるのは不吉だと。本当にそういうことがあるのか」。孔子は言った。「不吉なことは五つあります。そして東に広げることはそこに入っておりません。そもそも人を損なって自分を益すのは、身の不吉です。老いた者を捨てて幼い者を取るのは、家の不吉です。賢者を捨てて愚か者を用いるのは、国の不吉です。老いた者が教えず、幼い者が学ばないのは、風俗の不吉です。聖人が隠れ潜むのは、天下の不吉です。だから不吉なことは五つあります。そして東に広げることはそこに入っておりません。『詩経』に『それぞれ自分のふるまいを慎め、天命は二度とない』とあります。東に広げることが天命に関わるとは、まだ聞いたことがありません」。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・正論解哀公、孔子に問いて曰く、「寡人聞く、東に益すは不祥なりと。信に之れ有りや。」孔子曰く、「不祥に五有り、而して東に益すは与らず。夫れ人を損じて自ら益すは、身の不祥なり。老いたるを棄てて幼きを取るは、家の不祥なり。賢を択ばずして不肖に任ずるは、国の不祥なり。老いたる者教えず、幼き者学ばざるは、俗の不祥なり。聖人伏匿し、愚者権を擅にするは、天下の不祥なり。不祥に五有り、東に益すは与らざるなり。」
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『新序』雜事第四哀公孔子に問いて曰く、寡人深宮の中に生まれ、婦人の手に長ず。寡人未だ嘗て哀を知らざるなり、未だ嘗て憂いを知らざるなり、未だ嘗て勞を知らざるなり、未だ嘗て懼れを知らざるなり、未だ嘗て危うきを知らざるなり、と。孔子席を辟けて曰く、吾が君の問いは、乃ち聖君の問いなり。丘は小人なり。何ぞ以て之を言うに足らんや、と。哀公曰く、否。吾子席に就け。吾子微かりせば、之を聞く所無からん、と。孔子席に就きて曰く、然り。君廟門に入り、升るに阼階よりし、仰ぎて榱棟を見、俯して几筵を見る。其の器存し、其の人亡し。君此を以て哀を思わば、則ち哀將に安くんぞ至らざらんとす。君昧爽にして冠を櫛り、平旦にして朝を聽く。一物應ぜざれば、亂の端なり。君此を以て憂いを思わば、則ち憂い將に安くんぞ至らざらんとす。君平旦にして朝を聽き、日昃きて退く。諸侯の子孫、必ず君の門廷に在る者有らん。君此を以て勞を思わば、則ち勞將に安くんぞ至らざらんとす。君魯の四門を出でて、以て魯の四郊を望まば、亡國の墟、列なること必ず數有らん。君此を以て懼れを思わば、則ち懼れ將に安くんぞ至らざらんとす。丘之を聞く、君は舟なり、庶人は水なり。水は則ち舟を載せ、水は則ち舟を覆す、と。君此を以て危うきを思わば、則ち危うき將に安くんぞ至らざらんとす。夫れ國の柄を執り、民の上に履むは、懍乎として腐索を以て犇馬を御するが如し。易に曰く、虎の尾を履む、と。詩に曰く、薄氷を履むが如し、と。亦た危うからずや、と。哀公再拜して曰く、寡人不敏なりと雖も、請う斯の語を事とせん、と。
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「夫れ国家の存亡禍福は、信に天命有りて、唯だ人のみに非ざるか。」孔子対えて曰く、「存亡禍福は、皆己のみ。天災地妖は、加うる能わざるなり。」公曰く、「善いかな。吾子の言、豈に其の事有るか。」孔子曰く、「昔者殷王帝辛の世、雀の大鳥を城隅に生む有り。之を占いて曰く、『凡そ小を以て大を生ずれば、則ち国家必ず王として名必ず昌んならん』と。是に於て帝辛雀の徳を介として、国政を修めず、亢暴極まり無く、朝臣救うこと莫く、外寇乃ち至りて、殷国以て亡ぶ。此れ即ち己を以て天時に逆らい、福を詭りて反りて禍と為す者なり。又其の先世殷王太戊の時、道缺け法圮れ、以て夭櫱・桑穀朝に致し、七日にして大いに拱す。之を占う者曰く、『桑穀は野木にして朝に合生せず、意者国亡びんか』と。太戊恐駭し、身を側めて行を修め、先王の政を思い、養民の道を明らかにす。三年の後、遠方義を慕いて重訳して至る者、十有六国。此れ即ち己を以て天時に逆らい、禍を得て福と為す者なり。故に天災地妖は、人主を儆む所以の者なり。寤夢征怪は、人臣を儆む所以の者なり。災妖は善政に勝たず、寤夢は善行に勝たず。能く此を知る者は、至治の極なり。唯だ明王のみ此に達す。」公曰く、「寡人鄙固此くの如きに、亦た君子の教を聞くを得ざりしなり。」
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説苑・敬慎孔子曰わく、「存亡禍福は、皆己に在るのみ。天災地妖も、亦た殺す能わざるなり」と。昔者殷王帝辛の時、爵城の隅に烏を生む。工人之を占いて曰わく、「凡そ小以て巨を生ず、国家必ず祉あり、王名必ず倍せん」と。帝辛爵の徳を喜びて、国家を治めず、亢暴極まり無し。外寇乃ち至り、遂に殷国を亡ぼす。此れ天の時に逆らい、詭福反りて禍と為るに至るなり。殷王武丁の時、先王の道欠け、刑法弛み、桑穀俱に朝に生じ、七月にして大いに拱す。工人之を占いて曰わく、「桑穀は、野物なり。野物朝に生ずるは、意うに朝亡びんか」と。武丁恐れ駭き、身を側めて行を修め、先王の政を思い、滅国を興し絶世を継ぎ、逸民を挙げ、養老の道を明らかにす。三年の後、遠方の君、重訳して朝する者六国、此れ天の時を迎えて禍反りて福と為るなり。故に妖孽は、天の天子諸侯を警む所以なり。悪夢は、士大夫を警む所以なり。故に妖孽は善政に勝たず、悪夢は善行に勝たず。至治の極みは、禍反りて福と為る。故に太甲に曰わく、「天の作せる孽は、猶お違うべし、自ら作せる孽は、逭るべからず」と。
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『新序』雜事第四齊に彗星有り。齊侯祝をして之を禳わしむ。晏子曰く、益無きなり。祗だ誣を取るのみ。天道は謟らず、其の命を貳にせず。之を若何ぞ禳わんや。且つ天の彗有るは、以て穢を除くなり。君に穢德無くんば、又た何ぞ禳わん。若し德の穢れなれば、之を禳うも何の益あらん。詩に云う、惟れ此の文王、小心翼翼として、昭らかに上帝に事え、聿に多福を懷く。厥の德回らず、以て方國を受く、と。君に違德無くんば、方國將に至らんとす。何ぞ彗を患えん。詩に曰く、我監る所無し、夏后及び商、亂を用うるの故を以て、民卒に流亡す、と。若し德の回れるならば、亂民將に流亡せんとす。祝史の爲すこと補う能わざるなり、と。公說び、乃ち止む。
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『新序』雜事第一晉の平公閒居す。師曠侍坐す。平公曰く、子生まれながらに目眹無し。甚だしきかな、子の墨墨たるや、と。師曠對えて曰く、天下に五つの墨墨有り。而して臣は一に與るを得ざるなり、と。平公曰く、何の謂いぞや、と。師曠曰く、羣臣賂を行い、以て名譽を采り、百姓侵寃せられて告訴する所無し。而も君悟らず。此れ一の墨墨なり。忠臣用いられず、用いらるる臣忠ならず、下才高きに處り、不肖賢に臨む。而も君悟らず。此れ二の墨墨なり。姦臣欺詐し、府庫を空虚にし、其の少才を以て其の惡を覆塞し、賢人逐われ、姦邪貴し。而も君悟らず。此れ三の墨墨なり。國貧しく民罷れ、上下和せず。而も財を好み兵を用い、嗜欲厭く無く、謟諛の人、容容として旁らに在り。而も君寤らず。此れ四の墨墨なり。至道明らかならず、法令行われず、吏民正しからず、百姓安からず。而も君悟らず。此れ五の墨墨なり。國に五の墨墨有りて危うからざる者は、未だ之れ有らざるなり。臣の墨墨は小墨墨のみ。何ぞ國家を害せんや、と。