新序 / 雜事第一
晉平公閒居,師曠侍坐。平公曰:「子生無目眹,甚矣!子之墨墨也。」師曠對曰:「天下有五墨墨,而臣不得與一焉。」平公曰:「何謂也?」師曠曰:「羣臣行賂,以采名譽,百姓侵寃無所告訴,而君不悟,此一墨墨也。忠臣不用,用臣不忠,下才處髙,不肖臨賢,而君不悟,此二墨墨也。姦臣欺詐,空虚府庫,以其少才,覆塞其惡,賢人逐,姦邪貴,而君不悟,此三墨墨也。國貧民罷,上下不和,而好財用兵,嗜欲無厭,謟諛之人,容容在旁,而君不寤此四墨墨也。至道不明,法令不行,吏民不正,百姓不安,而君不悟,此五墨墨也。國有五墨墨而不危者,未之有也。臣之墨墨,小墨墨耳!何害乎國家哉!」
新字:晉平公閒居,師曠侍坐。平公曰:「子生無目眹,甚矣!子之墨墨也。」師曠対曰:「天下有五墨墨,而臣不得与一焉。」平公曰:「何謂也?」師曠曰:「羣臣行賂,以采名誉,百姓侵冤無所告訴,而君不悟,此一墨墨也。忠臣不用,用臣不忠,下才処高,不肖臨賢,而君不悟,此二墨墨也。姦臣欺詐,空虚府庫,以其少才,覆塞其悪,賢人逐,姦邪貴,而君不悟,此三墨墨也。国貧民罷,上下不和,而好財用兵,嗜欲無厭,謟諛之人,容容在旁,而君不寤此四墨墨也。至道不明,法令不行,吏民不正,百姓不安,而君不悟,此五墨墨也。国有五墨墨而不危者,未之有也。臣之墨墨,小墨墨耳!何害乎国家哉!」
書き下し
晉の平公閒居す。師曠侍坐す。平公曰く、子生まれながらに目眹無し。甚だしきかな、子の墨墨たるや、と。師曠對えて曰く、天下に五つの墨墨有り。而して臣は一に與るを得ざるなり、と。平公曰く、何の謂いぞや、と。師曠曰く、羣臣賂を行い、以て名譽を采り、百姓侵寃せられて告訴する所無し。而も君悟らず。此れ一の墨墨なり。忠臣用いられず、用いらるる臣忠ならず、下才高きに處り、不肖賢に臨む。而も君悟らず。此れ二の墨墨なり。姦臣欺詐し、府庫を空虚にし、其の少才を以て其の惡を覆塞し、賢人逐われ、姦邪貴し。而も君悟らず。此れ三の墨墨なり。國貧しく民罷れ、上下和せず。而も財を好み兵を用い、嗜欲厭く無く、謟諛の人、容容として旁らに在り。而も君寤らず。此れ四の墨墨なり。至道明らかならず、法令行われず、吏民正しからず、百姓安からず。而も君悟らず。此れ五の墨墨なり。國に五の墨墨有りて危うからざる者は、未だ之れ有らざるなり。臣の墨墨は小墨墨のみ。何ぞ國家を害せんや、と。
現代語訳
晋の平公がくつろいでいた。師曠が侍って座っていた。平公は言った。「そなたは生まれつき目に瞳がない。ひどいものだな、そなたの真っ暗さは」。師曠は答えた。「天下には五つの真っ暗さがあります。しかも臣はその一つにも入りません」。平公は言った。「どういうことか」。師曠は言った。「群臣が賄賂を使って名誉を買い取り、民が侵され冤罪を受けても訴え出るところがない。それでも君は気づかない。これが一つ目の真っ暗さです。忠臣が用いられず、用いられる臣が忠でなく、劣った才が高い位につき、愚か者が賢者の上に立つ。それでも君は気づかない。これが二つ目です。奸臣が欺き偽り、国庫を空にし、そのわずかな才で自分の悪を覆い隠し、賢人が追われ、よこしまな者が貴ばれる。それでも君は気づかない。これが三つ目です。国が貧しく民が疲れ、上下が和さない。それなのに財を好み兵を用い、欲に飽きることがなく、へつらう者がだらだらとそばにいる。それでも君は気づかない。これが四つ目です。至高の道が明らかでなく、法令が行われず、役人も民も正しくなく、百姓が安らかでない。それでも君は気づかない。これが五つ目です。国に五つの真っ暗さがあって危うくならなかったためしはありません。臣の真っ暗さは小さな真っ暗さにすぎません。どうして国家を害しましょうか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦右司諫を以て職に供す。上に得失を明らかにし、朝廷の紀綱を正し、忠直に親近して邪佞を放逺せんことを勸む。時に災異數ミ見る。公、災變の屢ミ發するは執政者の才に非ざるに主ると以て、累りに上に言うも未だ納れらるるを見ず。公又た奏して曰く、豈に陛下輔弼を擇びて未だ其の人を得ざるかと。杜衍・范仲淹・孔道輔・宋郊・胥偃の若きは、衆以て忠正の臣と爲す、進擢に備う可し。然らずんば、嘗て用いる所の者、王曾・吕夷簡・蔡齊・宋綬も亦た人の屬望する所なりと。章十たび上るも報ぜられず。公䟽を抗げて出でんことを乞う。上乃ち宰臣王隨・陳堯佐、參政韓億・石中立等を罷む。
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。