新序 / 雜事第五
田贊衣儒衣而見荆王,荆王曰:「先生之衣,何其惡也?」贊對曰:「衣又有惡此者。」荆王曰:「可得而聞邪?」對曰:「甲惡於此。」王曰:「何謂也?」對曰:「冬日則寒,夏日則熱,衣無惡於甲者矣。贊貧,故衣惡也。今大王,萬乘之主也,富厚無敵,而好衣人以甲,臣竊為大王不取也。意者為其義耶?甲兵之事;析人之首刳人之腹,墮人城郭,係人子女,其名尤甚不榮。意者為其貴邪?苟慮害人,人亦必慮害之;苟慮危人,人亦必慮危之,其貴人甚不安之,二者為大王無取焉。」荆王無以應也。昔衛靈公問陣,孔子言爼豆,賤兵而貴禮也。夫儒服先王之服也,而荆王惡之。兵者,國之凶器也,而荆王喜之,所以屈於田贊,而危其國也。故春秋曰:「善為國者不師。」此之謂也。
新字:田賛衣儒衣而見荆王,荆王曰:「先生之衣,何其悪也?」賛対曰:「衣又有悪此者。」荆王曰:「可得而聞邪?」対曰:「甲悪於此。」王曰:「何謂也?」対曰:「冬日則寒,夏日則熱,衣無悪於甲者矣。賛貧,故衣悪也。今大王,万乗之主也,富厚無敵,而好衣人以甲,臣竊為大王不取也。意者為其義耶?甲兵之事;析人之首刳人之腹,堕人城郭,係人子女,其名尤甚不栄。意者為其貴邪?苟慮害人,人亦必慮害之;苟慮危人,人亦必慮危之,其貴人甚不安之,二者為大王無取焉。」荆王無以応也。昔衛霊公問陣,孔子言爼豆,賤兵而貴礼也。夫儒服先王之服也,而荆王悪之。兵者,国之凶器也,而荆王喜之,所以屈於田賛,而危其国也。故春秋曰:「善為国者不師。」此之謂也。
書き下し
田贊儒衣を衣て荊王に見ゆ。荊王曰く、先生の衣、何ぞ其れ惡しきや、と。贊對えて曰く、衣に又た此より惡しき者有り、と。荊王曰く、得て聞く可きか、と。對えて曰く、甲は此より惡し、と。王曰く、何の謂いぞや、と。對えて曰く、冬日には則ち寒く、夏日には則ち熱し。衣に甲より惡しき者無し。贊は貧し。故に衣惡しきなり。今大王は、萬乘の主なり。富厚敵無し。而して人に衣するに甲を以てするを好む。臣竊かに大王の爲に取らざるなり。意うに其の義の爲か。甲兵の事は、人の首を析き人の腹を刳き、人の城郭を墮し、人の子女を係ぐ。其の名尤も甚だ榮あらず。意うに其の貴きが爲か。苟くも人を害するを慮らば、人も亦た必ず之を害するを慮らん。苟くも人を危うくするを慮らば、人も亦た必ず之を危うくするを慮らん。其の人を貴くすること甚だ之に安んぜず。二つの者、大王の爲に取る無し、と。荊王以て應うる無きなり。昔衞の靈公陣を問う。孔子は俎豆を言う。兵を賤しみて禮を貴べばなり。夫れ儒服は先王の服なり。而るに荊王之を惡む。兵は國の凶器なり。而るに荊王之を喜ぶ。田贊に屈して、其の國を危うくする所以なり。故に春秋に曰く、善く國を爲むる者は師せず、と。此の謂いなり。
現代語訳
田贊が儒者の服を着て楚王に会った。楚王は言った。「先生の服は、なんとみすぼらしいのか」。田贊は答えた。「服には、これよりみすぼらしいものがございます」。楚王は言った。「聞かせてもらえるか」。答えた。「甲冑はこれよりみすぼらしい」。王は言った。「どういう意味か」。答えた。「冬の日には寒く、夏の日には暑い。服で甲冑よりみすぼらしいものはありません。私は貧しい。だから服がみすぼらしいのです。いま大王は万乗の君主です。富は比べる者がありません。それなのに人に着せるのに甲冑をもってするのを好んでおられます。臣はひそかに大王のために取らないのです。思うにそれは義のためでしょうか。武具と兵のすることは、人の首を割き人の腹をえぐり、人の城壁を壊し、人の子女を縛ることです。その名は特に栄えあることではありません。思うにそれは貴いからでしょうか。もし人を害することを企てれば、人もまた必ずこちらを害することを企てます。もし人を危うくすることを企てれば、人もまた必ずこちらを危うくすることを企てます。その人を貴くするというのは、はなはだ安らかではありません。この二つとも、大王のために取るところがありません」。楚王は答えることができなかった。昔、衛の霊公が陣立てを問うた。孔子は祭器のことを答えた。兵を賤しみ礼を貴んだからである。そもそも儒者の服は先王の服である。それなのに楚王はこれを嫌った。兵は国の凶器である。それなのに楚王はこれを喜んだ。田贊に言い負かされ、その国を危うくしたゆえんである。だから『春秋』に「よく国を治める者は軍を出さない」とある。これのことである。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・順說③田贊、補衣を衣て荊王に見ゆ。荊王曰く、「先生の衣、何ぞ其れ惡しきや。」田贊對えて曰く、「衣に又此れより惡しき者有るなり。」荊王曰く、「得て聞く可きか。」對えて曰く、「甲は此れより惡し。」王曰く、「何の謂ぞや。」對えて曰く、「冬日は則ち寒く、夏日は則ち暑し。衣は甲より惡しき者無し。贊や貧なり、故に衣惡しきなり。今大王は、萬乘の主なり。富貴敵無し。而るに好みて民に衣するに甲を以てするは、臣得ざるなり。意うに其の義なるが為か。甲の事は、兵の事なり。人の頸を刈り、人の腹を刳き、人の城郭を隳り、人の父子を刑すなり。其の名又甚だ榮ならず。意うに其の實なるが為か。苟しくも人を害せんことを慮れば、人も亦た必ず之を害せんことを慮る。苟しくも人を危うくせんことを慮れば、人も亦た必ず之を危うくせんことを慮る。其れ人に實なれば則ち甚だ安からず。之の二つの者は、臣、大王の為に取る無し。」荊王以て應うる無し。説未だ大いには行われずと雖も、田贊は能く其の方を立てたりと謂う可し。若し夫れ偃息の義は、則ち未だ之れ識らざるなり。
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荘子・田子方荘子魯の哀公に見ゆ。哀公曰く、「魯には儒士多く、先生の方(みち)を為す者少なし」と。荘子曰く、「魯には儒少なし」と。哀公曰く、「魯国を挙げて儒服す。何ぞ少なしと謂うか」と。荘子曰く、「周之を聞く。儒者の圜冠(えんかん)を冠する者は、天時を知る。句屨(くく)を履(は)く者は、地形を知る。緩佩(かんぱい)玦(けつ)する者は、事至れば断ず、と。君子の其の道有る者は、未だ必ずしも其の服を為さず。其の服を為す者は、未だ必ずしも其の道を知らず。公固(まこと)に以て然らずと為さば、何ぞ国中に号して『此の道無くして此の服を為す者は、其の罪死せん』と曰わざる」と。是に於いて哀公之を号すること五日。而して魯国に敢えて儒服する者無し。独り一丈夫の儒服して公の門に立つ者有り。公即ち召して問うに国事を以てす。千転万変して窮まらず。荘子曰く、「魯国を以てして儒なる者は一人のみ。多しと謂うべけんや」と。
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『新序』雜事第五魏の文侯段干木の閭を過ぎて軾す。其の僕曰く、君何爲れぞ軾する、と。曰く、此れ段干木の閭に非ずや。段干木は蓋し賢者なり。吾安んぞ敢えて軾せざらんや。且つ吾聞く、段干木未だ嘗て肯えて己を以て寡人に易えざるなり、と。吾安んぞ敢えて之を高しとせんや。段干木は德に光り、寡人は地に光る。段干木は義に富み、寡人は財に富む。地は德に如かず、財は義に如かず。寡人當に之に事うべき者なり、と。遂に祿百萬を致し、而して時に往きて之を問う。國人皆な喜び、相い與に之を誦して曰く、吾が君正しきを好む、段干木の敬なり。吾が君忠を好む、段干木の隆なり、と。居ること幾何も無く、秦兵を興して魏を攻めんと欲す。司馬唐且秦君に諫めて曰く、段干木は、賢者なり。而して魏之を禮す。天下聞かざる莫し。乃ち兵を加う可からざる無からんや、と。秦君以て然りと爲し、乃ち兵を案じて輟め、魏を攻めず。文侯善く兵を用うと謂う可し。夫れ君子の善く兵を用うるや、其の形を見わさずして、攻め已に成る。其れ此の謂いなり。野人の兵を用うるや、鼓聲は則ち雷に似、號呼は則ち地を動かし、塵氣天に充ち、流矢雨の如し。傷を扶け死を舉げ、腸を履み血を渉る。無罪の民、其の死する者已に澤に量る。而して國の存亡、主の死生、猶お未だ知る可からざるなり。其の仁義を離るることも亦た遠し。
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『新序』雜事第四楚の莊王鄭を伐ち、之に克つ。鄭伯肉袒し、左に旄旌を執り、右に鸞刀を執りて、以て莊王を迎う。曰く、寡人良からず。邊陲の臣、以て天の禍いを干す。是を以て君王をして昧からしめ、辱くも弊邑に到らしむ。君如し此の喪人を憐れみ、之に不毛の地を錫わば、唯だ君王の命のままなり、と。莊王曰く、君の不令の臣、交ミ言を爲す。是を以て寡人をして君の玉面を見るを得しむ。而るに微かに此に至れり、と。莊王親ら自ら旌を手にし、左右軍を麾き、還りて七里に舍す。將軍子重進み諫めて曰く、夫れ南郢の鄭と相い去ること數千里。諸大夫の死する者數人、斯の役に死する者數百人なり。今克ちて有せずんば、乃ち民力を失う無からんや、と。莊王曰く、吾之を聞く、古者盂穿たれず、皮蠧まざれば四方に出でず、と。是を以て君子の禮を重んじて利を賤しむを見る。其の人を要めて其の土を要めず。人告げ從いて赦さざるは、不祥なり。吾不祥を以て天下に立たば、菑の吾が身に及ぶこと、何の日か之れ有らんや、と。
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『新序』雜事第一昔者、魏の武侯事を謀りて當たり、羣臣能く逮ぶ莫し。朝して喜色有り。吳起進みて曰く、今者楚の莊王の語を以て聞く者有りや、と。武侯曰く、未だし。莊王の語は柰何、と。吳起曰く、楚の莊王事を謀りて當たり、羣臣能く逮ぶ莫し。朝して憂色有り。申公巫臣進みて曰く、君朝して憂色有るは何ぞや、と。莊王曰く、吾之を聞く、諸侯自ら師を擇ぶ者は王たり、自ら友を擇ぶ者は霸たり、己に足りて羣臣之に若く莫き者は亡ぶ、と。今不穀の不肖を以てして朝に議するに、且つ羣臣能く逮ぶ莫し。吾が國其れ亡ぶに幾し。吾是を以て憂色有るなり、と。莊王の憂うる所以にして、君獨り喜色有るは、何ぞや、と。武侯逡巡して謝して曰く、天夫子をして寡人の過ちを振わしむるなり、天夫子をして寡人の過ちを振わしむるなり、と。
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『新序』雜事第四晉人楚を伐ち、三舍にして止まず。大夫曰く、請う、之を撃たん、と。莊王曰く、先君の時、晉楚を伐たず。孤の身に及びて、晉楚を伐つ。是れ寡人の過ちなり。如何ぞ其れ諸大夫を辱めんや、と。大夫曰く、先君の時、晉楚を伐たず。臣の身に及びて、晉楚を伐つ。是れ臣の罪なり。請う、之を撃たん、と。莊王俛して泣きて起ち、諸大夫を拜す。晉人之を聞きて曰く、君臣爭いて過ちを以て己に在りと爲す。且つ君の其の臣に下ること猶お此くの如し。所謂上下心を一にし、三軍力を同じくす。未だ攻む可からざるなり、と。乃ち夜師を還す。孔子之を聞きて曰く、楚の莊王の霸たるは、其れ方有らんか。士に下ること一言を以てして敵還り、以て社稷を安んず。其の霸たるも亦た宜ならずや、と。詩に曰く、遠きを柔らげ邇きを能くし、以て我が王を定む、と。此の謂いなり。