新序 / 雜事第四
宋康王時有爵生鸇於城之陬,使史占之,曰:「小而生巨,必霸天下。」康王大喜,於是滅滕伐薛,取淮北之地,乃愈自信,欲霸之亟成,故射天笞地,斬社稷而焚之,曰:「威嚴伏天地□神。」罵國老之諌者,為無頭之棺以示有勇,剖傴者之背,鍥朝涉之脛,而國人大駭。齊聞而伐之,民散城不守,王乃逃兒侯之館,遂得病而死,故見祥而為不可,祥反為禍。臣向愚以鴻範傳推之,宋史之占非也,此黒祥傳所謂黒眚者也,猶魯之有鸜鵒為異祥也。屬於不謀其咎急也。鸇者,黒色食爵,大於爵害。爵也,攫擊之物,貪叨之類,爵而生鸇者,是宋君且行急暴擊伐貪叨之行,距諫以生大祸以自害也。故爵生鸇於城陬者,以亡國也,明禍且害國也,康王不悟,遂以滅亡,此其効也。
新字:宋康王時有爵生鸇於城之陬,使史占之,曰:「小而生巨,必覇天下。」康王大喜,於是滅滕伐薛,取淮北之地,乃愈自信,欲覇之亟成,故射天笞地,斬社稷而焚之,曰:「威厳伏天地□神。」罵国老之諌者,為無頭之棺以示有勇,剖傴者之背,鍥朝渉之脛,而国人大駭。斉聞而伐之,民散城不守,王乃逃児侯之館,遂得病而死,故見祥而為不可,祥反為禍。臣向愚以鴻範伝推之,宋史之占非也,此黒祥伝所謂黒眚者也,猶魯之有鸜鵒為異祥也。属於不謀其咎急也。鸇者,黒色食爵,大於爵害。爵也,攫擊之物,貪叨之類,爵而生鸇者,是宋君且行急暴擊伐貪叨之行,距諫以生大祸以自害也。故爵生鸇於城陬者,以亡国也,明禍且害国也,康王不悟,遂以滅亡,此其効也。
書き下し
宋の康王の時、爵の鸇を城の陬に生む有り。史をして之を占わしむ。曰く、小にして巨を生む。必ず天下に霸たらん、と。康王大いに喜ぶ。是に於いて滕を滅ぼし薛を伐ち、淮北の地を取る。乃ち愈ミ自ら信じ、霸の亟かに成らんことを欲す。故に天を射地を笞ち、社稷を斬りて之を焚きて曰く、威嚴もて天地□神を伏す、と。國老の諫むる者を罵り、無頭の棺を爲りて以て勇有るを示し、傴者の背を剖き、朝に涉る者の脛を鍥む。而して國人大いに駭く。齊聞きて之を伐つ。民散じて城守らず。王乃ち兒侯の館に逃れ、遂に病を得て死す。故に祥を見て不可を爲さば、祥反りて禍いと爲る。臣向愚かにも鴻範傳を以て之を推すに、宋の史の占は非なり。此れ黑祥傳に所謂黑眚なる者なり。猶お魯に鸜鵒有りて異祥と爲すがごときなり。其の咎を謀らざるの急に屬するなり。鸇なる者は、黑色にして爵を食らい、爵より大にして害あり。爵は攫撃の物、貪叨の類なり。爵にして鸇を生むは、是れ宋君且に急暴撃伐貪叨の行いを行い、諫を距みて以て大禍を生じ以て自ら害せんとするなり。故に爵の鸇を城陬に生むは、以て國を亡ぼすなり。禍いの且に國を害せんとするを明らかにするなり。康王悟らず、遂に以て滅亡す。此れ其の效なり。
現代語訳
宋の康王のとき、雀が城のすみで鸇を生んだ。史官に占わせた。言った。「小さい者が大きい者を生んだ。必ず天下に覇を唱えましょう」。康王は大いに喜んだ。そこで滕を滅ぼし薛を伐ち、淮北の地を取った。それでますます自分を信じ、覇業が早く成ることを望んだ。だから天を射、地を鞭打ち、社稷の神木を斬って焼き、「威厳をもって天地の□〔一字を欠く〕神を服させる」と言った。国の長老で諫める者を罵り、頭のない棺を作って勇があることを示し、せむしの背を割き、朝に川を渡る者のすねを断ち切った。それで国じゅうが震え上がった。斉がこれを聞いて伐った。民は散って城は守られなかった。王は兒侯の館に逃れ、ついに病を得て死んだ。だから吉兆を見て、してはならないことをすれば、吉兆はかえって禍いとなる。臣向は愚かにも『洪範伝』によってこれを推し量るに、宋の史官の占いは誤りである。これは黒祥伝にいう黒眚というものである。ちょうど魯に鸜鵒が現れて異変の兆しとしたようなものである。その咎を考えなかったことの急を告げるものである。鸇というものは、黒い色をして雀を食い、雀より大きくて害がある。雀は掴んで打つもので、貪り食らう類である。雀が鸇を生むというのは、これは宋君がまさに急で乱暴で攻め伐ち貪り食らう行いをし、諫めを拒んで大きな禍いを生み、自分を害しようとしていることである。だから雀が城のすみで鸇を生んだのは、国を滅ぼすためである。禍いがまさに国を害しようとしていることを明らかにしたのである。康王は悟らず、ついに滅亡した。これがその証拠である。
解説
この章句が説くこと
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