新序 / 雜事第四
葉公諸梁問樂王鮒曰:「晉大夫趙文子為人何若?」對曰:「好學而受規諫。」葉公曰:「疑未盡之矣。」對曰:「好學!智也;受規諫,仁也。江出汶山,其源若甕口,至楚國,其廣十里,無他故,其下流多也。人而好學受規諫,宜哉其立也。」詩曰:「其惟哲人,告之話言,順徳之行。」此之謂也。
新字:葉公諸梁問楽王鮒曰:「晉大夫趙文子為人何若?」対曰:「好学而受規諫。」葉公曰:「疑未尽之矣。」対曰:「好学!智也;受規諫,仁也。江出汶山,其源若甕口,至楚国,其広十里,無他故,其下流多也。人而好学受規諫,宜哉其立也。」詩曰:「其惟哲人,告之話言,順徳之行。」此之謂也。
書き下し
葉公諸梁樂王鮒に問いて曰く、晉の大夫趙文子の人と爲りは何若、と。對えて曰く、學を好みて規諫を受く、と。葉公曰く、疑うらくは未だ之を盡くさず、と。對えて曰く、學を好むは智なり。規諫を受くるは仁なり。江は汶山より出づ。其の源は甕の口の若し。楚國に至れば、其の廣きこと十里。他の故無し。其の下流多ければなり。人にして學を好み規諫を受く。宜なるかな其の立つや、と。詩に曰く、其れ惟だ哲人のみ、之に話言を吿げ、德の行いに順う、と。此の謂いなり。
現代語訳
葉公諸梁が楽王鮒に問うた。「晋の大夫の趙文子の人となりはどのようなものか」。答えた。「学を好み、諫めを受け入れます」。葉公は言った。「それでは言い尽くしていないのではないか」。答えた。「学を好むのは智です。諫めを受け入れるのは仁です。長江は汶山から出ます。その源は甕の口ほどです。楚の国に至ると、その幅は十里になります。他に理由はありません。下流で流れ込むものが多いからです。人として学を好み、諫めを受け入れる。その人が立つのももっともではありませんか」。『詩経』に「ただ哲人のみが、これに善き言葉を告げられ、徳の行いに従う」とある。これのことである。
解説
人物評が二語だけだったので、言い足りないと言われました。それでは言い尽くしていないのではないか。答えは、二語をそれぞれ徳目に置き換えることから始まります。学を好むのは智です。諫めを受け入れるのは仁です。そして長江の喩えが加わりました。源は甕の口ほどしかない。下流で流れ込むものが多いからです。始まりの大きさではなく、途中でどれだけ受け入れたかで幅が決まる、と。
この章句が説くこと
晉の大夫趙文子の人と為りは何若学を好みて規諫を受く学を好むは智なり規諫を受くるは仁なり江は汶山より出づ其の源は甕の口の若し楚国に至れば其の広きこと十里成長受容
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