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新序 / 雜事第四

晉平公過九原而歎曰:『嗟乎此地之藴吾良臣多矣,若使死者起也,吾將誰與歸乎?』叔向對曰:「其趙武乎?」平公曰:「子黨於子之師也。」對曰:「臣敢言趙武之為人也,立若不勝衣,言若不出於口,然其身舉士於白屋下者四十六人,皆得其意,而公家甚賴之。及文子之死也,四十六人皆就賔位,是以無私徳也。臣故以為賢也。」平公曰:「善。」夫趙武賢臣也,相晉,天下無兵革者九年。春秋曰:「晉趙武之力盡得人也。」

新字:晉平公過九原而嘆曰:『嗟乎此地之藴吾良臣多矣,若使死者起也,吾将誰与帰乎?』叔向対曰:「其趙武乎?」平公曰:「子党於子之師也。」対曰:「臣敢言趙武之為人也,立若不勝衣,言若不出於口,然其身舉士於白屋下者四十六人,皆得其意,而公家甚頼之。及文子之死也,四十六人皆就賔位,是以無私徳也。臣故以為賢也。」平公曰:「善。」夫趙武賢臣也,相晉,天下無兵革者九年。春秋曰:「晉趙武之力尽得人也。」

書き下し

晉の平公九原を過ぎて歎じて曰く、嗟乎、此の地の藴むる吾が良臣多し。若し死者をして起たしめば、吾將に誰と與に歸せんとするか、と。叔向對えて曰く、其れ趙武か、と。平公曰く、子は子の師に黨するなり、と。對えて曰く、臣敢えて趙武の人と爲りを言わん。立てば衣に勝えざるが若く、言えば口より出でざるが若し。然れども其の身士を白屋の下に舉ぐる者四十六人。皆な其の意を得て、公家甚だ之に賴る。文子の死するに及ぶや、四十六人皆な賓位に就く。是を以て私德無きなり。臣故に以て賢と爲すなり、と。平公曰く、善し、と。夫れ趙武は賢臣なり。晉に相たり、天下兵革無き者九年なり。春秋に曰く、晉の趙武の力、盡く人を得たり、と。

現代語訳

晋の平公が九原を通って嘆じて言った。「ああ、この地が包み込んでいるわが良臣は多い。もし死者を起こすことができるなら、私は誰とともに帰ろうか」。叔向は答えた。「それは趙武でしょうか」。平公は言った。「そなたは自分の師に肩入れしているのだ」。答えた。「臣はあえて趙武の人となりを申し上げます。立てば衣の重さにも耐えられないようであり、言えば言葉が口から出てこないようでした。それでいて、その身で士を貧しい家から挙げた者が四十六人。みなその志を得て、公室はおおいにこれに頼りました。文子が死ぬと、四十六人はみな客の席に戻りました。だから私恩がなかったのです。臣はそれゆえ賢者だと思うのです」。平公は言った。「もっともだ」。そもそも趙武は賢臣である。晋の宰相となり、天下に戦のない年が九年続いた。『春秋』に「晋の趙武の力は、ことごとく人を得たことにあった」とある。

解説

身びいきだと言われた叔向が、証拠に挙げたのは死後の光景でした。四十六人を引き上げた人が死ぬ。ふつうなら派閥が残ります。四十六人はみな客の席に戻りました。恩を売って囲い込んでいなかった、という証明です。だから私恩がなかったのです。人物の描写も対になっています。立てば衣の重さにも耐えられないようであり、言えば言葉が口から出てこないようでした。目立たない人が、四十六人を挙げていました。

この章句が説くこと

若し死者をして起たしめば吾将に誰と与に帰せんとするか子は子の師に党するなり立てば衣に勝えざるが若く言えば口より出でざるが若し文子の死するに及ぶや四十六人皆な賓位に就く是を以て私徳無きなり推挙私恩

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