伝習録 / 薛侃録
問:「上智下愚如何不可移?」先生曰:「不是不可移,只是不肯移。」
書き下し
問う、「上智・下愚は如何ぞ移すべからざるか」と。先生曰く、「是れ移すべからざるに非ず。只だ是れ移るを肯んぜざるなり」と。
現代語訳
尋ねた。「最上の知者と最下の愚者は、なぜ移せないのですか」。先生は言った。「移せないのではない。ただ、移ろうとしないのだ」。
解説
「自分は変われない」「あの人はどうせ変わらない」と、諦めにも似た言葉を口にすることは少なくありません。しかし、この短い一節は、その思い込みを鋭く突き崩します。人は「移せない」のではなく、「移ろうとしない」だけなのだと。変化を恐れたり、現状維持の方が楽だと感じたりする時、私たちは無意識のうちに「変われない」という言葉を言い訳にしていないでしょうか。この言葉は、私たち自身の内にある変化への抵抗に気づかせ、一歩踏み出す勇気を促します。
この章句が説くこと
不是不可移只是不肯移実行実践
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