新序 / 雜事第四
桓公與管仲,鮑叔,寗戚飲酒。桓公謂鮑叔:「姑為寡人祝乎?」鮑叔奉酒而起曰:「祝吾君無忘其出而在莒也,使管仲無忘其束縛而從魯,也使寗子無忘其飯牛於車下也。」桓公避席再拜曰:「寡人與二大夫,皆無忘夫子之言,齊之社稷,必不廢矣。」此言常思困隘之時,必不驕矣。
新字:桓公与管仲,鮑叔,寗戚飲酒。桓公謂鮑叔:「姑為寡人祝乎?」鮑叔奉酒而起曰:「祝吾君無忘其出而在莒也,使管仲無忘其束縛而従魯,也使寗子無忘其飯牛於車下也。」桓公避席再拝曰:「寡人与二大夫,皆無忘夫子之言,斉之社稷,必不廃矣。」此言常思困隘之時,必不驕矣。
書き下し
桓公管仲・鮑叔・寗戚と飲酒す。桓公鮑叔に謂う、姑く寡人の爲に祝せんか、と。鮑叔酒を奉じて起ちて曰く、祝わくは吾が君其の出でて莒に在りしを忘るる無かれ。管仲をして其の束縛せられて魯に從いしを忘るる無からしめ、寗子をして其の牛に車下に飯せしを忘るる無からしめよ、と。桓公席を避け再拜して曰く、寡人と二大夫と、皆な夫子の言を忘るる無くんば、齊の社稷、必ず廢れざらん、と。此れ常に困隘の時を思わば、必ず驕らざるを言うなり。
現代語訳
桓公が管仲・鮑叔・寗戚と酒を飲んだ。桓公は鮑叔に言った。「ひとつ私のために祝いの言葉を述べてくれないか」。鮑叔は酒を捧げて立ち上がって言った。「願わくは、わが君は自分が逃れて莒にいたことをお忘れになりませんように。管仲には縛られて魯から連れて来られたことを忘れさせず、寗子には車の下で牛に飼葉をやっていたことを忘れさせないでください」。桓公は席を外して二度拝んで言った。「私と二人の大夫が、みな先生のこの言葉を忘れなければ、斉の国家は必ず廃れないだろう」。これは、常に苦しかったときを思えば、必ず驕らないということを言っている。
解説
祝いの言葉を求められて、三人の落魄していたころを一つずつ挙げました。亡命先の莒、縛られて護送された道、車の下で牛に飼葉をやっていた日。わが君は自分が逃れて莒にいたことをお忘れになりませんように。祝辞の形で、いちばん思い出したくないことを並べています。桓公の受け方も見事でした。私と二人の大夫が、みな先生のこの言葉を忘れなければ、斉の国家は必ず廃れないだろう。
この章句が説くこと
桓公鮑叔に謂う姑く寡人の為に祝せんか祝わくは吾が君其の出でて莒に在りしを忘るる無かれ管仲をして其の束縛せられて魯に従いしを忘るる無からしめ常に困隘の時を思わば必ず驕らざるを言うなり初心驕り
関連する章句
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呂氏春秋・直諫②齊の桓公、管仲、鮑叔、甯戚、相與に酒を飲んで酣なり。桓公、鮑叔に謂いて曰く、「何ぞ起ちて壽を為さざる。」鮑叔、杯を奉じて進みて曰く、「公をして出奔して莒に在りしことを忘るること毋く、管仲をして束縛せられて魯に在りしことを忘るること毋く、甯戚をして其の牛を飯うて車下に居りしことを忘るること毋からしめん。」桓公、席を避けて再拜して曰く、「寡人と大夫と能く皆夫子の言を忘るること毋くんば、則ち齊國の社稷、殆うからざるに幸からん。」此の時に當りてや、桓公は與に言を極むと言う可し。與に言を極むと言う可く、故に與に霸為る可し。
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『新序』雜事第四桓公田す。麥丘に至り、麥丘の邑人を見る。之に問う、子は何を爲す者ぞ、と。對えて曰く、麥丘の邑人なり、と。公曰く、年幾何ぞ、と。對えて曰く、八十有三なり、と。公曰く、美なるかな壽や。子其れ子の壽を以て寡人を祝せ、と。麥丘の邑人曰く、主君を祝す。主君をして甚だ壽ならしめ、金玉是れ賤しく、人を寶と爲さしめん、と。桓公曰く、善いかな。至德は孤ならず、善言は必ず再びす。吾子其れ之を復せ、と。麥丘の邑人曰く、主君を祝す。主君をして學を羞ずる無く、下問を惡む無く、賢者傍らに在り、諫むる者人を得しめん、と。桓公曰く、善いかな。至德は孤ならず、善言は必ず三たびす。吾子其れ之を復せ、と。麥丘の邑人曰く、主君を祝す。主君をして罪を羣臣百姓に得る無からしめん、と。桓公怫然として色を作して曰く、吾之を聞く、子は罪を父に得、臣は罪を君に得、と。未だ嘗て君の罪を臣に得る者を聞かざるなり。此の一言なる者は、夫の二言なる者の匹に非ず。子之を更めよ、と。麥丘の邑人坐して拜して起ちて曰く、此の一言なる者は、夫の二言の長なり。子罪を父に得れば、姑・姊・叔父に因りて之を解く可し。父能く之を赦す。臣罪を君に得れば、便辟左右に因りて之を謝す可し。君能く之を赦す。昔桀罪を湯に得、紂罪を武王に得たり。此れ則ち君の罪を其の臣に得たる者なり。爲に謝する莫く、今に至るまで赦されず、と。公曰く、善し。國家の福、社稷の靈に賴りて、寡人をして吾子を此に得しむ、と。扶けて之を載せ、自ら御して以て歸り、之を朝に禮し、之を封ずるに麥丘を以てして、政を斷ぜしむ。
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『新序』雜事第四有司吏を齊の桓公に請う。桓公曰く、以て仲父に告げよ、と。有司又た請う。桓公曰く、以て仲父に告げよ、と。是くの若き者三たびなり。側に在る者曰く、一たびは則ち仲父に告げよ、二たびは則ち仲父に告げよ。易きかな君爲るは、と。桓公曰く、吾未だ仲父を得ざれば則ち難し。已に仲父を得たり。曷爲れぞ其れ易からざらんや、と。故に王者は人を求むるに勞し、賢を得るに佚す。舜衆賢を舉げて位に在らしめ、衣裳を垂れ、己を恭しくして爲す無くして、天下治まる。湯・文は伊・呂を用い、成王は周・召を用いて、刑措きて用いず、兵偃して動かず。衆賢を用うればなり。桓公管仲を用うるは則ち小なり。故に霸に至りて、以て王たる能わず。故に孔子曰く、小なるかな、管仲の器、と。蓋し其の桓公に遇いしを善しとし、其の以て王たる能わざるを惜しむなり。明主に至りては則ち然らず。用うる所大なり。詩に曰く、濟濟たる多士、文王以て寧し、と。此の謂いなり。
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『新序』雜事第五管仲齊の公子糾に傅たり。鮑叔公子小白に傅たり。齊の公孫無知襄公を殺す。公子糾は魯に奔り、小白は莒に奔る。齊人無知を誅し、公子糾を魯に迎う。公子糾と小白と爭いて入る。管仲小白を射て、其の帶鉤に中つ。小白死せるを佯り、遂に先に入る。是れ齊の桓公爲り。公子糾死し、管仲魯に奔る。桓公立ちて國定まり、人をして管仲を魯に迎えしむ。遂に立てて以て仲父と爲し、國を委ねて之に聽く。九たび諸侯を合わせ、一たび天下を匡し、五伯の長と爲る。
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『新序』雜事第四管仲齊の桓公に言いて曰く、夫れ田を墾き邑を剏り、土を闢き穀を殖え、地の利を盡くすは、則ち臣は寗戚に若かず。請う、置きて以て田官と爲せ。登降揖讓、進退閑習なるは、臣は隰朋に如かず。請う、置きて以て大行と爲せ。蚤く入り晏く出で、君の顔色を犯し、諫を進むること必ず忠、富貴を重んぜず、死亡を避けざるは、則ち臣は東郭牙に若かず。請う、置きて以て諫臣と爲せ。獄を决し中を折り、無罪を誣いず、無辜を殺さざるは、則ち臣は□寧に若かず。請う、置きて以て大理と爲せ。平原廣囿、車軌を結ばず、士踵を旋らさず、之を鼓して三軍の士、死を視ること歸するが若きは、則ち臣は王子成甫に若かず。請う、置きて以て大司馬と爲せ。君如し國を治め兵を強くせんと欲さば、則ち此の五子なる者にて足れり。如し霸王たらんと欲さば、則ち夷吾此に在り、と。夫れ管仲能く人を知り、桓公能く賢に任ず。九たび諸侯を合わせ、一たび天下を匡し、兵車を用いざる所以は、管仲の功なり。詩に曰く、濟濟たる多士、文王以て寧し、と。桓公其れ之に似たり。