新序 / 雜事第四
鄭人游于鄉校,以議執政之善否?然明謂子産曰:「何不毁鄉校?」子産曰:「胡為?夫人朝夕游焉,以議執政之善否。其所善者,吾將行之;其所惡者,吾將改之。是吾師也,如之何毁之?吾聞為國忠信以損怨,不聞作威以防怨。譬之若防川也,大决所犯,傷人必多,吾不能救也,不如小决之,使導吾聞而藥之也。」然明曰:「蔑也,乃今知吾子之信可事也。小人實不材,若果行,此其鄭國實賴之,豈惟二三臣。」仲尼聞是語也,曰:「以是觀之人,謂子産不仁,吾不信也。」
新字:鄭人游于鄉校,以議執政之善否?然明謂子産曰:「何不毁鄉校?」子産曰:「胡為?夫人朝夕游焉,以議執政之善否。其所善者,吾将行之;其所悪者,吾将改之。是吾師也,如之何毁之?吾聞為国忠信以損怨,不聞作威以防怨。譬之若防川也,大決所犯,傷人必多,吾不能救也,不如小決之,使導吾聞而薬之也。」然明曰:「蔑也,乃今知吾子之信可事也。小人実不材,若果行,此其鄭国実頼之,豈惟二三臣。」仲尼聞是語也,曰:「以是観之人,謂子産不仁,吾不信也。」
書き下し
鄭人鄉校に游びて、以て執政の善否を議す。然明子産に謂いて曰く、何ぞ鄉校を毀たざる、と。子産曰く、胡爲れぞ。夫れ人朝夕焉に游びて、以て執政の善否を議す。其の善しとする所の者は、吾將に之を行わんとす。其の惡しとする所の者は、吾將に之を改めんとす。是れ吾が師なり。之を如何ぞ毀たん。吾聞く、國を爲むるに忠信にして以て怨みを損ずと。威を作して以て怨みを防ぐを聞かず。之を譬うれば川を防ぐが若きなり。大決の犯す所、人を傷つくること必ず多からん。吾救う能わざるなり。小しく之を決して、導かしむるに如かず。吾聞きて之を藥とするなり、と。然明曰く、蔑や、乃ち今吾子の信に事とす可きを知れり。小人は實に不材なり。若し果たして行わば、此れ其れ鄭國實に之に賴らん。豈に惟だ二三の臣のみならんや、と。仲尼是の語を聞くや、曰く、是を以て人を觀るに、子産を不仁と謂うは、吾信ぜざるなり、と。
現代語訳
鄭の人が郷校に集まって、政を執る者の善し悪しを論じていた。然明が子産に言った。「どうして郷校を取り壊さないのですか」。子産は言った。「なぜ取り壊すのか。人が朝夕そこに集まって、政の善し悪しを論じる。彼らがよいとするものは、私はそれを行おう。彼らが悪いとするものは、私はそれを改めよう。これは私の師である。どうしてこれを壊せようか。私は聞いている、国を治めるには忠信によって怨みを減らすと。威をふるって怨みを防ぐとは聞かない。これをたとえれば川をせき止めるようなものだ。大きく決壊すれば、人を傷つけることが必ず多い。私には救えない。少しずつ流して、導かせるに越したことはない。私は聞いて、それを薬とするのだ」。然明は言った。「この蔑めは、いまはじめてあなたがまことに仕えるに足る方だと知りました。小人は実に不才です。もしそれが実際に行われるなら、鄭の国はまことにそれに頼るでしょう。どうして二、三の臣だけのことでしょうか」。孔子はこの言葉を聞いて言った。「これによって人を見るのに、子産を不仁だという者があるが、私は信じない」。
解説
この章句が説くこと
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