新序 / 雜事第四
楚恵王食寒葅而得蛭,因遂吞之,腹有疾而不能食。令尹入問曰:「王安得此疾也?」王曰:「我食寒葅而得蛭,念譴之而不行其罪乎?是法廢而威不立也,非所以使國聞也;譴而行其誅乎?則庖宰食監法皆當死,心又不忍也,故吾恐蛭之見因遂吞之?」令尹避席再拜而賀曰:「臣聞天道無親,惟徳是輔。君有仁徳,天之所奉也,病不為傷。」是夕也,恵王之後蛭出,故其久病心腹之疾皆愈,天之視聽,不可不察也。
新字:楚恵王食寒葅而得蛭,因遂吞之,腹有疾而不能食。令尹入問曰:「王安得此疾也?」王曰:「我食寒葅而得蛭,念譴之而不行其罪乎?是法廃而威不立也,非所以使国聞也;譴而行其誅乎?則庖宰食監法皆当死,心又不忍也,故吾恐蛭之見因遂吞之?」令尹避席再拝而賀曰:「臣聞天道無親,惟徳是輔。君有仁徳,天之所奉也,病不為傷。」是夕也,恵王之後蛭出,故其久病心腹之疾皆愈,天之視聴,不可不察也。
書き下し
楚の惠王寒葅を食らいて蛭を得たり。因りて遂に之を吞む。腹に疾有りて食らう能わず。令尹入りて問いて曰く、王安くんぞ此の疾を得たるや、と。王曰く、我寒葅を食らいて蛭を得たり。念うに之を譴めて其の罪を行わざらんか。是れ法廢れて威立たざるなり。國に聞かしむる所以に非ざるなり。譴めて其の誅を行わんか。則ち庖宰・食監法皆な死に當たる。心又た忍びざるなり。故に吾蛭の見わるるを恐れ、因りて遂に之を吞めり、と。令尹席を避け再拜して賀して曰く、臣聞く、天道親しむ無く、惟だ德をのみ是れ輔く、と。君に仁德有り。天の奉ずる所なり。病は傷を爲さず、と。是の夕や、惠王の後に蛭出づ。故に其の久病心腹の疾皆な愈ゆ。天の視聽、察せざる可からざるなり。
現代語訳
楚の恵王が冷たい漬け物を食べて蛭を見つけた。そこでそのまま呑み込んだ。腹に病を得て食事ができなくなった。令尹が入って問うた。「王はどうしてこの病を得られたのですか」。王は言った。「私は冷たい漬け物を食べて蛭を見つけた。考えたのだ、これを咎めてその罪を行わないでおくか。それでは法が廃れて威が立たない。国じゅうに聞かせられることではない。咎めてその処罰を行うか。それでは料理番も食事の監督も、法ではみな死罪に当たる。それも忍びない。だから私は蛭が見つかるのを恐れて、そのまま呑み込んだのだ」。令尹は席を外して二度拝み、祝って言った。「臣は聞いております、天の道は身びいきせず、ただ徳のある者を助けるのみ、と。君には仁の徳があります。天が支えるところです。病は害となりません」。その夕方、恵王の後ろから蛭が出た。だから長く患っていた腹の病もみな癒えた。天の視聴きは、よく察しないわけにはいかない。
解説
この章句が説くこと
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