新序 / 雜事第四
魏文侯弟曰季成,友曰翟黄,文侯欲相之而未能决,以問李克。克對曰:「君若置相,則問樂商與王孫苟端孰賢?」文侯曰:「善。」以王孫苟端為不肖,翟黄進之;樂商為賢,季成進之,故相季成。故知人則哲,進賢受上賞,季成以知賢,故文侯以為相。季成,翟黄,皆近臣親屬也,以所進者賢别之,故李克之言是也。
新字:魏文侯弟曰季成,友曰翟黄,文侯欲相之而未能決,以問李克。克対曰:「君若置相,則問楽商与王孫苟端孰賢?」文侯曰:「善。」以王孫苟端為不肖,翟黄進之;楽商為賢,季成進之,故相季成。故知人則哲,進賢受上賞,季成以知賢,故文侯以為相。季成,翟黄,皆近臣親属也,以所進者賢別之,故李克之言是也。
書き下し
魏の文侯の弟を季成と曰い、友を翟黄と曰う。文侯之を相とせんと欲するも未だ决する能わず。以て李克に問う。克對えて曰く、君若し相を置かば、則ち樂商と王孫苟端と孰れか賢なるかを問え、と。文侯曰く、善し、と。王孫苟端を以て不肖と爲す。翟黄之を進めたり。樂商を賢と爲す。季成之を進めたり。故に季成を相とす。故に人を知れば則ち哲なり。賢を進むれば上賞を受く。季成は賢を知るを以て、故に文侯以て相と爲す。季成・翟黄は、皆な近臣親屬なり。進むる所の者の賢を以て之を別つ。故に李克の言は是なり。
現代語訳
魏の文侯の弟を季成といい、友を翟黄といった。文侯はどちらかを宰相にしようとしたが決めかねていた。李克に問うた。李克は答えた。「君がもし宰相を置かれるなら、楽商と王孫苟端のどちらが賢いかをお問いください」。文侯は言った。「もっともだ」。王孫苟端を愚かだとした。翟黄がこれを推挙した者である。楽商を賢いとした。季成がこれを推挙した者である。だから季成を宰相とした。だから、人を知る者は明である。賢者を推挙すれば最上の賞を受ける。季成は賢者を見分けたので、文侯はこれを宰相とした。季成と翟黄は、いずれも側近であり親族である。推挙した相手が賢いかどうかで、これを見分けた。だから李克の言葉は正しかったのである。
解説
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