牧民忠告 / 拜命
今選官者大率重內而輕外,殊不知漢宣帝所以富民,唐太宗所以家給人足,皆由重牧民之長故也。嗚呼!牧民之長,其重若此,乃泛焉而選,懵焉而授,奚為不是慮也哉!
新字:今選官者大率重内而軽外,殊不知漢宣帝所以富民,唐太宗所以家給人足,皆由重牧民之長故也。嗚呼!牧民之長,其重若此,乃泛焉而選,懵焉而授,奚為不是慮也哉!
書き下し
今官を選ぶ者は大率(おおむ)ね内を重んじて外を軽んず、殊に知らず漢の宣帝の民を富ます所以、唐の太宗の家給し人足るる所以は、皆民を牧するの長を重んずるに由るが故なるを。嗚呼、民を牧するの長、其の重きこと此くの若し、乃ち泛焉(はんえん)として選び、懵焉(ぼうえん)として授く、奚(なん)為れぞ是れを慮らざるや。
現代語訳
今、官吏を選ぶ者はおおむね中央の官を重んじて地方の官を軽んじている。しかし彼らは知らないのだ。漢の宣帝が民を富ませることができた理由、唐の太宗が家々に十分な蓄えを与え人々を満ち足らせた理由は、みな民を治める長官の人選を重んじたことによるということを。ああ、民を治める長官の重要性はこれほどのものなのに、いいかげんに選び、よくわからないままに官職を授けている。どうしてこのことをよく考えないのか。
解説
この条は、中央官職を重んじ地方の民政官を軽んじる当時の人事の風潮を批判する。漢の宣帝、唐の太宗という善政の模範を引き合いに出し、民を富ませた実績の根本には牧民の長官の人選があったと指摘する構成である。現場に近い職ほど組織の成果を左右するにもかかわらず、往々にして重視されないという構造的な問題は、時代を越えて組織運営に共通する。現代の企業でも、現場の管理職や支店長など、直接顧客や部下に接する立場の人選を軽視すれば、組織全体の実績に影響が及ぶという示唆を読み取ることができる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
民職不宜濫授人選牧民善政
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