新序 / 雜事第三
齊人鄒陽客游於梁,人或讒之於孝王,孝王怒,繫而將欲殺之。鄒陽客游見讒自寃乃從獄中上書,其辭曰:「臣聞忠無不報,信不見疑。臣常以為然,徒虚語爾。昔者,荆軻慕燕丹之義,白虹貫日,太子畏之;衛先生為秦畫長平之計,太白食昴昭王疑之。夫精變天地,而信不諭兩主,豈不哀哉?今臣盡忠竭誠,畢義願知,左右不明,卒從吏訊,為世所疑,是使荆軻衛先生復起,而燕秦不悟也,願大王熟察之。昔者,玉人獻寶,楚王誅之;李斯竭忠,胡亥極刑。是以箕子佯,狂接輿避世,恐遭此變也。願大王熟察玉人李斯之意,而後楚王胡亥之聽,無使臣為箕子接輿所歎。
新字:斉人鄒陽客游於梁,人或讒之於孝王,孝王怒,繋而将欲殺之。鄒陽客游見讒自冤乃従獄中上書,其辞曰:「臣聞忠無不報,信不見疑。臣常以為然,徒虚語爾。昔者,荆軻慕燕丹之義,白虹貫日,太子畏之;衛先生為秦画長平之計,太白食昴昭王疑之。夫精変天地,而信不諭両主,豈不哀哉?今臣尽忠竭誠,畢義願知,左右不明,卒従吏訊,為世所疑,是使荆軻衛先生復起,而燕秦不悟也,願大王熟察之。昔者,玉人献宝,楚王誅之;李斯竭忠,胡亥極刑。是以箕子佯,狂接輿避世,恐遭此変也。願大王熟察玉人李斯之意,而後楚王胡亥之聴,無使臣為箕子接輿所嘆。
書き下し
齊人鄒陽梁に客游す。人或いは之を孝王に讒す。孝王怒り、繫ぎて將に之を殺さんと欲す。鄒陽客游して讒せられ自ら寃なりとし、乃ち獄中より書を上る。其の辭に曰く、臣聞く、忠は報いられざる無く、信は疑われず、と。臣常に以爲えらく然りと。徒だ虚語のみ。昔者、荊軻燕丹の義を慕う。白虹日を貫き、太子之を畏る。衞先生秦の爲に長平の計を畫す。太白昴を食し、昭王之を疑う。夫れ精は天地を變ず。而して信は兩主に諭されず。豈に哀しからずや。今臣忠を盡くし誠を竭くし、義を畢くして知られんことを願う。左右明らかならず、卒に吏の訊に從い、世の疑う所と爲る。是れ荊軻・衞先生をして復た起たしむるも、燕・秦悟らざらしむるなり。願わくは大王熟ら之を察せよ。昔者、玉人寶を獻ずるも、楚王之を誅す。李斯忠を竭くすも、胡亥極刑にす。是を以て箕子は佯狂し、接輿は世を避く。此の變に遭わんことを恐るればなり。願わくは大王熟ら玉人・李斯の意を察して、楚王・胡亥の聽を後にし、臣をして箕子・接輿の歎ずる所と爲らしむる無かれ。
現代語訳
斉の人の鄒陽が梁に客として遊学していた。ある者がこれを孝王に讒言した。孝王は怒り、捕らえて殺そうとした。鄒陽は客として来て讒言され、自分は無実だとして、獄中から書を上った。その言葉にいう。「臣は聞いております、忠は報いられないことがなく、信は疑われない、と。臣はいつもそのとおりだと思っておりました。ただの空言でありました。昔、荊軻は燕の太子丹の義を慕いました。白い虹が日を貫き、太子はこれを畏れました。衛先生は秦のために長平の計を立てました。金星が昴を犯し、昭王はこれを疑いました。そもそも真心は天地を動かします。それなのに信は二人の主に伝わりませんでした。哀しいことではありませんか。いま臣は忠を尽くし誠を尽くし、義を全うして知っていただきたいと願っております。おそばの方々が明らかでないため、ついに役人の取り調べを受け、世に疑われる者となりました。これでは荊軻や衛先生がふたたび世に出ても、燕や秦は悟らないということです。どうか大王、よくよくお察しください。昔、玉を持つ人が宝を献じたのに、楚王はこれを罰しました。李斯は忠を尽くしたのに、胡亥は極刑にしました。だから箕子は狂ったふりをし、接輿は世を避けました。このような変事に遭うのを恐れたからです。どうか大王、玉を持つ人と李斯の心をよくよくお察しになり、楚王や胡亥の聞き方は後回しにして、臣を箕子や接輿に嘆かれる者としないでください」。
解説
この章句が説くこと
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史記 越王句践世家二歳にして呉、蠡を帰す。句践、会稽より帰りて七年、其の士民を拊循し、用ひて以て呉に報いんと欲す。大夫逢同諫めて曰く、「国新たに流亡し、今乃ち復た殷給す。繕飾して利を備へば、呉必ず懼れん。懼るれば則ち難必ず至らん。且つ鷙鳥の撃つや、必ず其の形を匿す。今夫れ呉は兵を斉・晋に加へ、怨みは楚・越に深く、名は天下に高く、実は周室を害す。徳少なくして功多く、必ず淫して自ら矜らん。越の為に計るに、斉に結び、楚に親しみ、晋に附きて、以て呉を厚くするに若くは莫し。呉の志広ければ、必ず戦ひを軽んぜん。是れ我其の権を連ね、三国之を伐ち、越其の弊に承ずれば、克つべきなり」と。句践曰く、「善し」と。居ること二年、呉王将に斉を伐たんとす。子胥諫めて曰く、「未だ可ならず。臣聞く、句践は食に味を重ねず、百姓と苦楽を同じくすと。此の人死せずんば、必ず国の患と為らん。呉に越有るは、腹心の疾なり。斉の呉に与けるは、疥癬なり。願はくは王、斉を釈きて越を先にせよ」と。呉王聴かず、遂に斉を伐ち、之を艾陵に敗り、斉の高・国を虜にして以て帰る。子胥を譲む。子胥曰く、「王喜ぶ毋かれ」と。王怒り、子胥自殺せんと欲す。王聞きて之を止む。越の大夫種曰く、「臣、呉王の政を観るに驕れり。請ふ試みに之に粟を貸らんことを嘗み、以て其の事を卜せん」と。貸らんことを請ふ。呉王与へんと欲し、子胥与ふる勿かれと諫む。王遂に之に与ふ。越乃ち私かに喜ぶ。子胥言ひて曰く、「王諫めを聴かず、後三年にして呉其れ墟とならんか」と。太宰嚭之を聞き、乃ち数々子胥と越の議を争ひ、因りて子胥を讒して曰く、「伍員は貌は忠なれども実は忍人なり。其の父兄をすら顧みず、安んぞ能く王を顧みんや。王前に斉を伐たんと欲するや、員彊く諫む。已にして功有り、是を用て反りて王を怨む。王、伍員に備へずんば、員必ず乱を為さん」と。逢同と共に謀り、之を王に讒す。王始め従はず。乃ち子胥を斉に使はす。其の子を鮑氏に託するを聞き、王乃ち大いに怒りて曰く、「伍員果たして寡人を欺けり」と。役より反り、人をして子胥に属鏤の剣を賜ひて以て自殺せしむ。
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人生を、一行の式にしてみた。
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