牧民忠告 / 聽訟
健訟者理或不勝,則往往誣其敵嘗謗官長也。聽之者當平心易氣,置謗言於事外,惟核其實而遣之,庶不墮奸民計中矣。
新字:健訟者理或不勝,則往往誣其敵嘗謗官長也。聴之者当平心易気,置謗言於事外,惟核其実而遣之,庶不堕奸民計中矣。
書き下し
健訟(けんしょう)の者理或いは勝たざれば、則ち往往にして其の敵嘗て官長を謗(そし)ると誣(し)う。之を聴く者当(まさ)に心を平らかにし気を易(やわ)らげ、謗言(ぼうげん)を事外(じがい)に置き、惟(た)だ其の実を核(ただ)して之を遣(や)るべし、庶(こいねが)わくは奸民(かんみん)の計中(けいちゅう)に堕(お)ちざらんことを。
現代語訳
訴訟好きの者は、道理で勝てないとなると、しばしば相手が以前上司の悪口を言っていたなどと偽って訴える。それを聞く者は、心を平らかにし気持ちを穏やかに保ち、そうした讒言(ざんげん)は事件の本筋の外に置いて、ただ事実だけを確かめて処理すべきである。そうすれば、悪賢い民の策略にはまらずに済むだろう。
解説
本条は、訴訟当事者が劣勢になると相手の人格や忠誠心を攻撃する讒言に走る現象を指摘し、裁く側がそれに動じてはならないと戒める。本筋と関係ない誹謗を事件の外に切り離し、事実確認に徹する姿勢こそが公正な裁定の要諦である。現代の職場でも、議論や人事評価の場で本題とは無関係な人格攻撃や噂話が持ち出されることは珍しくない。管理職はそうした感情的な訴えに引きずられず、常に事実と論点を分離して冷静に判断する姿勢を保つ必要があるという、普遍的な戒めを示している。
この章句が説くこと
勿聴讒讒言平心事実確認
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