孫子 / 虚実篇
能使敵自至者,利之也;能使敵不得至者,害之也。
書き下し
能く敵をして自ら至らしむる者は、之を利すればなり。能く敵をして至るを得ざらしむる者は、之を害すればなり。
現代語訳
敵を自分から来させることができるのは、来れば利があると思わせるからである。敵を来させないようにできるのは、来れば害があると思わせるからである。
解説
相手を動かす方法が、利と害の二つだけで説明されている。命令でも力でもない。来れば得だと思わせれば来るし、損だと思わせれば来ない。相手の判断の材料を操作することで、相手の行動を決めるという考え方である。ここで重要なのは、自分が直接動かしているのではないという点だ。敵は自分の判断で動いている。だから抵抗が生まれない。交渉や競争にそのまま応用できる。相手に何かをさせたいとき、説得や圧力に頼ると相手は身構える。代わりに、相手にとってそれが得になる形を作れば、相手は自分から動く。逆に、参入してほしくない領域には、参入すると損だと分かる構造を置いておく。相手の意思を変えるのではなく、相手が判断する条件を変える。
この章句が説くこと
虚実主導権動機コントロール利害誘導
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