新序 / 雜事第三
故仁人之兵,或將三軍同力,上下一心,臣之於君也,下之於上也,若子之事父也,若弟之事兄也,若手足之捍頭目而覆胷腹也。詐而襲之,與先驚而後擊之一也,夫又何可詐也?且夫暴亂之君,將誰與至哉?彼其所與至者,必其民也,民之親我,驩然如父母,好我芳如椒蘭,反顧其上,如灼黥,如仇讐人之情,雖桀跖豈有肯為其所惡,而賊其所好者哉!是猶使人之孫子,自賊其父母也。詩曰:『武王載斾有䖍秉鉞,如火烈烈,則莫我敢曷。』此之謂也。」孝成王臨武君曰:「善。」請問王者之兵孫卿曰將率者末事也臣請列王者之事君人之法
新字:故仁人之兵,或将三軍同力,上下一心,臣之於君也,下之於上也,若子之事父也,若弟之事兄也,若手足之捍頭目而覆胷腹也。詐而襲之,与先驚而後擊之一也,夫又何可詐也?且夫暴乱之君,将誰与至哉?彼其所与至者,必其民也,民之親我,驩然如父母,好我芳如椒蘭,反顧其上,如灼黥,如仇讐人之情,雖桀跖豈有肯為其所悪,而賊其所好者哉!是猶使人之孫子,自賊其父母也。詩曰:『武王載斾有䖍秉鉞,如火烈烈,則莫我敢曷。』此之謂也。」孝成王臨武君曰:「善。」請問王者之兵孫卿曰将率者末事也臣請列王者之事君人之法
書き下し
故に仁人の兵は、或いは將に三軍力を同じくし、上下心を一にせんとす。臣の君に於けるや、下の上に於けるや、子の父に事うるが若く、弟の兄に事うるが若く、手足の頭目を捍ぎて胸腹を覆うが若し。詐りて之を襲うは、先に驚かして後に之を撃つと一なり。夫れ又た何ぞ詐る可けんや。且つ夫れ暴亂の君は、將に誰と與に至らんとするや。彼の其の與に至る所の者は、必ず其の民なり。民の我に親しむこと、驩然として父母の如く、我を好むこと芳しきこと椒蘭の如く、反りて其の上を顧みること、灼黥の如く、仇讐の如し。人の情、桀・跖と雖も、豈に肯えて其の惡む所の爲にして、其の好む所を賊なう者有らんや。是れ猶お人の孫子をして、自ら其の父母を賊なわしむるがごとし。詩に曰く、武王旆を載せ、虔有りて鉞を秉る。火の烈烈たるが如く、則ち我を敢えて曷むる莫し、と。此の謂いなり、と。孝成王・臨武君曰く、善し、と。請う、王者の兵を問わん、と。孫卿曰く、將率は末事なり。臣請う、王者の事、人に君たるの法を列べん、と。
現代語訳
だから仁の人の兵は、全軍が力を同じくし、上下が心を一つにする。臣が君に対するのも、下が上に対するのも、子が父に仕えるようであり、弟が兄に仕えるようであり、手足が頭と目を防いで胸と腹を覆うようである。欺いて襲うのは、先に驚かせてから撃つのと同じことだ。どうして欺けようか。そのうえ、乱暴で乱れた君は、いったい誰とともに攻めて来るのか。その者がともに来るのは、必ずその国の民である。民が私になつくのは、喜んで父母に向かうようであり、私を好むのは香草のように芳しく、振り返って自分の上の者を見るのは、焼き印を押されたようであり、仇のようである。人の情として、桀や盗跖であっても、どうして自分の憎むもののために、自分の好むものを傷つけようとするだろうか。それはちょうど、人の子や孫に自分の父母を傷つけさせるようなものである。『詩経』に「武王は旗を掲げ、つつしんで鉞を執る。火の燃えさかるようで、われらを阻む者はない」とある。これのことである。孝成王と臨武君は言った。「もっともだ」。「王者の兵についてお尋ねしたい」。荀子は言った。「将軍のことは末の事です。臣はどうか、王者の事、人の君たる法を並べさせてください」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孫子・九地篇将軍の事は、静にして以て幽く、正にして以て治まる。
-
孫子・謀攻篇夫れ将は国の輔なり。輔周なれば則ち国必ず強く、輔隙あれば則ち国必ず弱し。
-
孫子・作戦篇故に兵は勝つを貴び、久しきを貴ばず。故に兵を知るの将は、民の司命、国家安危の主なり。
-
孫子・始計篇将とは、智・信・仁・勇・厳なり。
-
孫子・九変篇凡そ此の五者は、将の過ちなり、用兵の災いなり。軍を覆し将を殺すは、必ず五危を以てす。察せざるべからず。
-
『新序』雜事第三樂毅昭王の爲に謀る。必ず諸侯の兵を待ちて、齊乃ち伐つ可きなり、と。是に於いて乃ち樂毅をして諸侯に使いせしめ、遂に四國の兵を合連して以て齊を伐ち、大いに之を破る。閔王亡逃し、僅かに身を以て脱れて莒に匿る。樂毅之を追い、遂に七十餘城を屠る。臨淄盡く降る。唯だ莒と即墨のみ未だ下らず。盡く燕の寶器を復收して歸り、易王の辱めを復す。樂毅諸侯の兵を謝罷して、獨り莒と即墨とを圍む。時に田單即墨の令爲り。樂毅の善く兵を用うるを患え、田單詐る能わざるなり。之を去らんと欲するも、昭王又た賢にして、肯えて讒を聽かず。會ミ昭王死し、惠王立つ。田單人をして之を惠王に讒せしむ。惠王騎劫をして樂毅に代わらしむ。樂毅去りて趙に之き歸らず。燕の騎劫既に將軍と爲る。田單大いに喜び、詐を設けて大いに燕軍を破り、騎劫を殺し、盡く七十餘城を復收す。是の時齊の閔公已に死す。田單太子を莒に得て、立てて齊の襄王と爲す。而して燕の惠王大いに慚じ、樂毅に易えて以て此の禍いを致せるを自ら悔ゆ。