新序 / 雜事第三
梁恵王謂孟子曰:「寡人有疾,寡人好色。」孟子曰:「王誠好色,於王何有?」王曰:「若之何?好色可以王?」孟子曰:「大王好色。詩曰:『古公亶父,來朝走馬,率西水滸,至於岐下。爰及姜女,聿來相宇。』大王愛厥妃,出入必與之偕。當是時,内無怨女,外無曠夫。王若好色,與百姓同之,民唯恐王之不好色也。」王曰:「寡人有疾,寡人好勇。」孟子曰:「王若好勇,於王何有?」王曰:「若之何?好勇可以王?」孟子曰:「詩曰:『王赫斯怒,爰整其旅,以按徂旅,以篤周祐以對于天下。」此文王之勇也。文王一怒,而安天下之民。今王亦一怒,而安天下之民,民唯恐王之不好勇也。」
新字:梁恵王謂孟子曰:「寡人有疾,寡人好色。」孟子曰:「王誠好色,於王何有?」王曰:「若之何?好色可以王?」孟子曰:「大王好色。詩曰:『古公亶父,来朝走馬,率西水滸,至於岐下。爰及姜女,聿来相宇。』大王愛厥妃,出入必与之偕。当是時,内無怨女,外無曠夫。王若好色,与百姓同之,民唯恐王之不好色也。」王曰:「寡人有疾,寡人好勇。」孟子曰:「王若好勇,於王何有?」王曰:「若之何?好勇可以王?」孟子曰:「詩曰:『王赫斯怒,爰整其旅,以按徂旅,以篤周祐以対于天下。」此文王之勇也。文王一怒,而安天下之民。今王亦一怒,而安天下之民,民唯恐王之不好勇也。」
書き下し
梁の惠王孟子に謂いて曰く、寡人疾有り。寡人色を好む、と。孟子曰く、王誠に色を好まば、王に於いて何か有らん、と。王曰く、之を若何。色を好みて以て王たる可きか、と。孟子曰く、大王色を好めり。詩に曰く、古公亶父、來朝馬を走らせ、西水滸に率い、岐下に至る。爰に姜女に及び、聿に來たりて宇を相る、と。大王厥の妃を愛し、出入必ず之と偕にす。是の時に當たり、内に怨女無く、外に曠夫無し。王若し色を好まば、百姓と之を同じくせよ。民は唯だ王の色を好まざるを恐るるなり、と。王曰く、寡人疾有り。寡人勇を好む、と。孟子曰く、王若し勇を好まば、王に於いて何か有らん、と。王曰く、之を若何。勇を好みて以て王たる可きか、と。孟子曰く、詩に曰く、王赫として斯れ怒り、爰に其の旅を整え、以て徂旅を按え、以て周の祐を篤くし、以て天下に對う、と。此れ文王の勇なり。文王一たび怒りて、天下の民を安んず。今王も亦た一たび怒りて、天下の民を安んぜよ。民は唯だ王の勇を好まざるを恐るるなり、と。
現代語訳
梁の恵王が孟子に言った。「私には欠点がある。私は色を好む」。孟子は言った。「王がまことに色を好まれるなら、王にとって何の差し支えがありましょう」。王は言った。「それはどういうことか。色を好んで王者になれるのか」。孟子は言った。「大王(古公亶父)も色を好みました。『詩経』に『古公亶父、朝早く馬を走らせ、西の水辺に沿って進み、岐山のふもとに至る。そこで姜の女とともに、住まいを見定めた』とあります。大王はその妃を愛し、出入りするのに必ず一緒でした。そのとき、内には嫁げず恨む女がなく、外には妻を持てない男がありませんでした。王がもし色を好まれるなら、民とともにそれを共にしてください。民はただ、王が色を好まれないことを恐れるのです」。王は言った。「私には欠点がある。私は勇を好む」。孟子は言った。「王がもし勇を好まれるなら、王にとって何の差し支えがありましょう」。王は言った。「それはどういうことか。勇を好んで王者になれるのか」。孟子は言った。「『詩経』に『王は赫として怒り、そこで軍を整え、進み来る敵を押さえ、周の助けを篤くし、天下に応えた』とあります。これが文王の勇です。文王はひとたび怒って、天下の民を安んじました。いま王もひとたび怒って、天下の民を安んじてください。民はただ、王が勇を好まれないことを恐れるのです」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷二・第8段武士は勇をうちにふくみて。外にあらはさゞること本意なり。文武を兼學て後自得すべし。但し武道にのみこゝろを用る者。年齡にて。心術ねれざるうちは。裏に勇をふくめば。かならず表にも見ゆるなり。古語に珠藏而川媚。玉韞而山輝といへるごとし。これを怯弱の者は。うわさものなどと見あやまつたぐひあり。又生得暴惡にして不義の徒もあり。おの〳〵言行をためしみて後さとすべし。今の俗をみるに。和愛ある人は柔弱に。勇敢の人は麁暴なり。こゝをもつて。前にいへるごとく。はじめに書をよませて道をしらしめ。後に武術をならはすべし。かくのごとくまなぶときは。柔弱麁暴二つのゐえ有べからず。
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『呻吟語』外篇・品藻・至勇は氣無し小勇は噭燥、巧勇は色笑、大勇は沉毅、至勇は氣無し。
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『童子問』卷下問ふ、王陽明、徐成之に答ふる二書に自ら謂ふ、天下朱を是とし陸を非とすること、論定まること既に久し。一旦之に反するは難しと為す。姑く調停両可の説を為して、人をして自ら思うて之を得しむと。如何。曰く、夫れ勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生じ、智は学を以て大なり。苟も之を知ること明らかならば、則ち是を是とし非を非とし、一刀両断にして、少しも仮借することを得ず。故に孟子曰く、予豈に弁を好まんや、予已むことを得ざるなりと。陽明の人と為りや、聡明絶倫にして、古今に縦にす。二公と雖も、及ばざること遠く甚だし。然れども学問空疎にして、磨励の功甚だ少なし。而して其の学本禅学に得て、孔孟の宗旨に於ては、実に数塵なり。故に其の書含糊衡決にして、二公の肯綮に中ること多きを得ず。朱門の為に廻護するに似たり。但書中の所謂重脊にして叛孔を厭はずといふ数句は、実に今の学者の真病に中る。
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『文武訓』武訓下一勇者は外をあらくせず。荀子が、能く定つて後能く応ずといへるが如くなるべし。いふ意は、敵にむかひては、心をしづかに定めてうごかさずして、よく敵に勝つ。外に気をうごかして、かるがるしくさわがしきは、内に敵に応ずべき根なし。人に勝ちがたし。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・生を求むるは真の大勇真の名誉とは、天の命ずる所のものを成就するの謂ひなり。之れが為に招くの死は必ずや恥辱に非らず。然るに一死以て天の賦与する所を免れんとするが如きは、真に怯懦なりと云ふべし。サア・トマス・ブラウンの奇書『医道宗教』は、英語を以て我国武士道の常に教ふる所と其軌を一にせる訓戒を説破して曰く、『死を軽んずるは勇なり。されど生の死よりも恐るべきに臨んで、敢て生を求むるは真の大勇なり』と。古への名僧の諷言にも、『平生何程口巧者に云ふとも、死にたることの無き侍は、まさかの時に逃げ隠れするものなり』と云ひ、又た『一たび心の中にて死したる者には、真田の槍も為朝の矢も透らず』と。此等の語は、蓋し吾人をして、『我が為に生命を喪ふ者は之を得べし』と云へる大工匠の建てたる殿堂の門に近邇せしむるものに非らずや。

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